謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
 
 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
   私達学校関係者も、千年に一度という大惨事に対して心を一つにして、被災者の方々の今後の救援に取り組
んでいきたいと思っております。
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安倍首相の靖国参拝批判に応える
ー日本に戦犯はいない、と国会で決めたことー
                 理事長 田澤昭吾
  安倍晋三首相が、昨年12月26日に靖国神社に参拝したことが、中国、韓国だけでなく、アメリカまでが「日本の指導部が近隣諸国との緊張を悪化させる行動を取ったことに米国は失望している」と声明を出し、欧州連合(EU)も批判声明を発表しました。東南アジアでは、シンガポールが遺憾の表明をし、ベトナムとインドは直接的な批判はしませんでしたが自粛を促す発言をしていました。
 この安倍首相の靖国参拝の誤解を解くために、1月に入ってからは、下村博文文部科学相がワシントンへ、稲田朋美行革担当相がワシントンとニューヨーク、サンフランシスコへ、岸信夫外務副大臣がワシントンとボストンを訪問し、安倍首相の靖国参拝は「二度と人々が戦争の惨禍で苦しむことがない時代をつくること、不戦の決意を込めたものだ」と米政府関係者と会って説明し、理解を求めました。
  また、超党派でつくる日米国会議員連盟の中曽根弘文会長ら自民党議員3名も、訪米中の1月8日にアーミテージ元国務副長官と会い、靖国参拝が「不戦の誓い」のためであることを説明しました。アーミテージ元国務副長官は、これに対して、安倍首相は「選挙公約を実行したまでで、これ以上問題視すべきでない」と発言したことが報道されていました。
  的を得た見解だと思います。
  他に、1月には、山本一太領土問題担当相がシンガポールで講演し、首相の靖国参拝の真意を述べたし、新藤義孝総務相は東南アジアとアフリカで、岸田文雄外相と小野寺五典防衛相はパリで1月9日に開催された日仏外務・防衛担当閣僚協議に出席し、北朝鮮や中国など北東アジア情勢などの意見交換した際に、安倍首相の靖国参拝の真意を説明しました。
  安倍首相の靖国参拝が、これほどまでにアジア、欧州、アメリカなどの意見を拾い、報じられたのには、驚きました。特に、アメリカが「失望している」という声明を発表したことについては、「アメリカは日本と同盟国なのに、どうしたんだ」という素朴な疑問を抱かされました。まさか、中国市場に目がくらみ、自由主義国家のリーダー国としての品格と信頼を失うなよ、思われました。
  安倍首相は、こうした靖国参拝批判に対し、9日に「国のために戦った英霊に対して尊崇のの念を表し、一国のリーダーとして手を合わせ、ご冥福をお祈りする気持ちは持ち続けていきたい」と述べていました。
  「そうだ」と共感し、他国の干渉に屈せず、「良かった」と思いました。
  この度の靖国参拝では、本殿に合祀されていない日本人戦没者、及び外国人戦没者を慰霊する鎮霊社にも参拝し、「不戦の誓い」を捧げているのですから、どうして批判されなければならないのか、腑に落ちません。
  それに、安倍首相の靖国神社参拝の問題は国内問題であり、他国からとやかく言われる筋合いのものでありません。このことは毅然として、そう言うべきです。
  例えば、アメリカ大統領がアーリントン墓地にお参りし、祖国のために戦い亡くなった兵士に手を合わせ冥福を祈ることに、外国の人が文句をつけられますか。できませんよ、そうでしょう。
  一国の代表者が国家のために命を懸け亡くなった英霊を祀る施設に詣でて祈りを捧げることは当然であり、世界の常識でしょう。
  それに対して他国の人が干渉すべきでないことは、皆承知しているはずです。それを、靖国神社へ首相が、または国会議員が参拝すると、隣国から批判の声があがってきて、国内が右往左往してしまうのは、世界の中で日本だけですよ。これでは、あまりにも主権国家としての尊厳が損なわれていると思いませんか。なんだか、悔しくも感じます。こんな理不尽な干渉を、マスコミは躍起になって取り上げる必要はないんですよ。ほっとけばいいんですよ。外国からの内政干渉に日本人が踊らされ、しかも、そうした内政干渉に一緒になって邦人が自国の政府の要人を攻撃し、政争の具にしているなんて、あまりにも日本の政治レベルは低すぎますよ。そう思えてしようがありません。
  安倍首相の靖国参拝を批判する理由は、靖国神社にA級戦犯が祀られているのでからだと指摘されています。確かに、靖国神社には、東京裁判でA級戦犯とされて処刑された7名と獄死した7名の14名と、B・C級戦犯として処刑された901名、他に裁判中、もしくは判決後に亡くなった英霊など、併せて1054名が奉祀されています。
  しかし、東京裁判は、戦勝国が敗戦国を裁くという文明史にない裁判です。それを企てたマッカーサーは、昭和25年10月、ウェーク島でトルーマン大統領と会談し、「東京裁判は誤りだった」と告白しています。また、翌26年には、米国上院議会軍事外交合同委員会の聴聞会で、聖書に誓って「日本は自衛のための戦争をした」と証言もしています。
  この事実を政府は、もっと多くの日本人に知って貰うべきです。アジア及び世界にも、知って貰うべきです。
  昭和27年4月28日、サンフランシスコ条約が施行され、日本は再び、戦後の国際社会に復帰しました。その年の6月7日には、日本弁護士会が「サンフランシスコ条約11条による戦犯の赦免勧告に関する意見書」を政府に提出しました。すると、それを契機に、「独立を回復したにもかかわらず、なぜ敵国に裁かれた同胞達が釈放されないのかという疑問が共有され」、全国的な戦犯釈放運動が広がっていき、4000万人の署名が集められました。
  このことによって日本政府は、関係各国に対して、全ての日本人戦犯の赦免減刑を要請しました。そして、衆参両院がほぼ全会一致で、しかも5回にわたる赦免決議を採択するに至りました。  その趣旨説明に立った改進党の山下春江議員は、東京裁判をこう批判しています。
 「戦犯裁判の従来の国際法の諸原則に反して、しかも、フランス革命以来人権保障の根本的要件であり、現在文明諸国の基本的刑法原理である罪刑法定主義を無視いたしまして、犯罪を事後において規定し、その上、勝者が敗者に対して一方的にこれを裁判したということは、たといそれが公正なる裁判であったとしても、それは文明の逆転であり、法律の権威を失墜せしめた、ぬぐうべからざる文明の汚辱であると申さなければならない」(27年12月9日衆院本会議)。
 日本社会党の古屋貞雄議員も、「敗戦国にのみ戦争犯罪の責任を追求するということは、正義の立場から考えましても、基本的立場から考えましても、公平な観点から考えましても、私は断じて承服できない」と、東京裁判の不当性を訴えています。
  また、翌年28年8月6日には、A級、B級、C級を問わず、戦犯を犯罪者と見なす「刑死」ではなく「公務死」と認定し、困窮を極める戦犯遺族に対して遺族年金、弔慰金を支給する「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の一部改正法を国会で設立させました。そして、後には恩給法も改正し、戦犯遺族への援護措置も拡充していきました。
 つまり、日本には戦犯と称する人達いないことになったのです。その後、靖国神社には、昭和34年からB・C級戦犯として処刑された英霊が合祀されていきました。
 こうした一連の戦犯問題の処理については、当時、外国から何ら異論が唱えられることはありませんでした。「これらが独立した戦後日本の原点だった」のです。
 A級戦犯については、昭和53年から合祀されるようになりました。
  昭和天皇は、昭和51年から靖国神社へのご親拝をしなくなりました。理由は、昭和50年に、当時の三木武夫首相が靖国神社へ参拝した時、「私的立場で参拝をした」と取材記者に発言したことによります。それからマスコミは、国会議員の靖国神社参拝に対して、「私的か」「公的か」と問うようになり、「公的参拝」と言えば、憲法の政教分離の原則に反すると批判し、東京裁判で侵略戦争とされた先の大戦・大東亜戦争を肯定するのかと騒ぎ立てるようになったので、陛下は靖国神社のご親拝を自粛されるようになったのです。
 テレビの時事問題を扱う番組でも、著名なマスコミ人や評論家は、天皇陛下が靖国神社にご親拝しなくなったのはA級戦犯を祀るようになったからだ、と平気で言う人もいますが、それは事実ではありません。三木武夫元首相が「私的立場で参拝した」という軽はずみな発言をしたことで、マスコミが首相や国会議員が靖国神社を参拝すると、「公的」か「私的」かと問うようになり、騒ぎ立てるようになったからなのです。この事実関係は、しっかりとおさえておきましょう。
  靖国神社へのA級戦犯の合祀は、それから2年後の昭和53年にされたのです。
  今回は、安倍首相が靖国参拝をしたことで、
隣国の日本叩きの主張があたかも正義であるかのような誤解を招くようになっては大変だと思い、書かせていただきました。
 主権国家日本の尊厳は、しっかりと守って行きたいし、日本には国内法で戦犯と称される人は昭和28年以降、国会で与野党が一致して法改正したことによって、居ないことになったのです。そのことを全ての国民が理解することが、今の日本にとって必要なことだと思います。

 (産経新聞1月18日朝刊「一筆多論・中静敬一郎」の『先人が決着つけた「戦犯」問題』の記事を参考にさせていただきました) 
 
( 2014年1月20日記)