謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
 
 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
   私達学校関係者も、千年に一度という大惨事に対して心を一つにして、被災者の方々の今後の救援に取り組
んでいきたいと思っております。
  
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   松風塾生の横顔  その3    
  ー変わる生徒の心の軌跡ー

                       理事長 田澤昭吾

  平成25年.2013年になってから、日々の生活に追われて(理由にならないのですが)、原稿を書くのが遅れてしまいました。もう2月8日になってしまいました。
今日こそは、と思って、今パソコンに向かっているところです。やはり、松風塾高校の今について紹介したいと思います。
  3月1日がまた近づいてきました。今年は、第37期生23名の卒業式となります。
   私は、1年生、2年生、3年生の「宗教」の授業を受け持っています。養父である創立者・初代校長の田澤康三郎先生の授業を引き継いでから、もうかれこれ30数年になります。定まった教科書がないので、当初は、自分で勉強した宗教に関する事をノートに整理し、授業に臨んでいました。
   それから、各学年毎のカリキュラムを組めるようになり、今はそのカリキュラムに沿って授業をするようにしています。テキストも各学年毎に用意しています。出来るだけ視聴覚教材も活用するようにしています。視聴覚教材による情操教育は、教科「宗教」の教員免許を取得するためにに学んだ中に記されていた通り、非常に効果的です。
   いつの頃からか、三年生の学年末考査で、「三年間の心の総決算のつもりで書いて下さい」と提示して、「私と信仰」についての作文を書いて貰うことにしました。
   実施した当初は、試験の時間内で、授業でやってきた試験問題の他に、課題として「私と信仰について書いて下さい」と提示し、書いて貰ってきました。
   最近は、学年末考査の一週間位前に課題の用紙を渡しておいて、自分の今の心境をじっくりと書いて貰い、「宗教」の学年末考査の時に、答案用紙と一緒に提出して貰っています。
   「私と信仰」について書いて貰ってからは、自己満足かも知れないが、「松風塾の宗教教育は今年も実ってある」と、一人一人の作文を見てはその内容に毎年感動しいます。
  作文には、宗教の授業についても多少触れてあることもありますが、大方は3年間の全寮生活を通しての教育活動、及び生活の中から感じ、考えてきたことを中心に書かれています。私は「私と信仰」は、卒業する生徒一人ひとりの心の記録だ、と思っています。そして、その作文を見ては、その都度、松風塾高校で学んできたことによって「より良く変わってきた。成長してきた」という心の軌跡を実感させて貰っています。
  今回は、今卒業する37期生の「私と信仰」の作文を紹介し、「松風塾生の横顔」としてお届けさせていただまする。
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                     三年一組 男子S・S
    私は、小学五年生の時に、初めて自分が大和山信者と知りました。
   その時の私は、「宗教=得体の知れないもの」としか思っていませんでした。 自分がいつのまにそんなものに入っていたのか、と驚いていました。
    しかし、「子供会位は出なさい」という親の進めと、「おやつが出る」という言葉に誘われて、金木教区の子供会に参加し、そして、大和山本部の小学校の林間学校、松風塾サマースクールを通して、松風塾高校を知りました。 その頃には、大和山を「得体の知れないもの」とは思わず、むしろ心の支えとして感じるようになっていました。
  松風塾での三年間は、私にとって貴重な生活でした。松風塾に入学せず、地元の高校にでも入学していたら、間違いなく高校中退し、家を飛び出して、好き勝手なことをやって、人生を無駄にしていたと思います。
  松風塾高校に入学して得たことは、人との協調性、親への感謝、国を思う心、そして、誰かのために祈ることです。三年の時は、当然、受験生となりますが、自分のために祈ることの他に、同じく頑張っている同期のために祈る自分が居ました。これは、中学までの私には、考えられないことでした。同期の中には、私も含めた皆が良い結果になるよう毎日祈っている人も居ました。そのことを知った時、初めて祈り合うということの意味と、喜びを知りました。
  また、三年間の「宗教」などの授業を通して、日本という国に誇りを持てたことも、大きな進歩でした。
私の進路は、陸上自衛隊に決まりましたが、もし、松風塾に入学していなければ、そんな選択はなかったと思います。もし、あったとしても、行く所がなかったから、などの適当な理由だったと思います。
   しかし、今は、自分の国のために、誰かのために、公のために、と言う気持でその選択をしました。第一志望の警察も、この国の自分の育った県のために尽くしたいと思ったからでした。 
   このように考えられたのも、大和山の信仰に触れ、松風塾に入学したからだと思います。
   また、人生という大枠で見れば、、中学までは、「あれがあったから、あんなことがあった」「あれをしたから、あんな目にあった」など、ネガティブに自分の人生を見ていましたが、高校に入り、『教のしづく』一一四番の「運命を呪うべからず」を読んでから、「あれがなければ、これがなかった」など、ポジティブに自らの人生を見ることが出来るようになりました。
  入学した時は、行く所がなかったから仕方なく、と思っていましたが、今はなるべくして大和山信者となり、入るべくして松風塾に来たんだと思っています。 三年間、ありがとうごさいました。
           ○
 一読し、生きている「松風塾の教育」を御理解戴ければ幸いです。
   大和山聖地に隣接する全寮制の松風塾高校の教育環境は、見えざるものに対する畏敬の念と、為に生きる公共心を培わせ、人は、人を支え、支えられてこそ人らしく生きれるということを体験知として学ばせてくれています。それが松風塾です。 次回もまた生徒の作文から、「松風塾の教育」について紹介したいと思います。一週間後にまた会いましょう。
                                            (2013.2.8)