謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
 
 平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
   私達学校関係者も、千年に一度という大惨事に対して心を一つにして、被災者の方々の今後の救援に取り組
んでいきたいと思っております。
  
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 大和山神歌325番
 汝が泣けば神こそいとど悲しけれ
 まめひとの皆神が子
なれば
 
                      理事長 田澤昭吾

 親という字は、「木」の上に「立」って、じっと「見」ていると分析される。「親」の字は、親の心をそのまま現している。
  故松原泰道老師の例話にこんな話がある。
  福沢諭吉が東京・三田の寺に慶應義塾の分校を開いた時、全国各地から集まった学生に「親元へは週一回、葉書でいいから便りをだせ」と言ったら、「そんなに書くことがない」と返答され、押し問答になった。「それなら、今日は何も書くことがない、と書け」と福沢諭吉は教えた。    この話を松原老師がある定時制高校で話したら、教室の一番前にいた男子生徒が、「私が四年前に田舎から上京する際、ホーム迄おくってくれた母が、なにげなく窓のふちに置いた私の手の甲の上に、自分の掌を広げてぐっとおさえ、
東京へ行ったら出来るだけ便りをおくれ。疲れて書けなかったらその晩は故郷の方を向いて寝ておくれ。そうしたらお母さんは、お前の夢を見る事が出来るから〃と言ってくれたんです。今日すぐ手紙を書きます」と、涙ぐんで述べたという。
   立木の上で、じっとその子を見守る思いは、万人共通の親の心であり、神の心でもある。
           ○        
  今、教育界で再び問題になっているのは、昨年の10月いじめを受けていた大津市の中2男子が、自宅のマンションから飛び降り自殺した事件である。
  父親は、3度も大津署に被害届を提出したが受理されず、民事裁判に頼みを懸けた。事は、それから進展し、教育界に新たないじめ対策が成立されてきた。
  学校は治外法権の聖域でない。この判断を誤ったら、学校は、無法地帯となってしまう。このことは、1970年代の学生運動で実証済みの筈である。なのに、なぜ学校や大津市教育委員会で真剣に取り組んでこなかったのか。自殺した生徒がわが子だったら、そうはできなかった筈だ。どんな社会でも、いつの時代でも、人の道を外してはならないし、粗末にされて良い命など存在しないのだ。
   「立木の上で、じっとその子を見守る思いは、万人共通の親の心である」ことを理解し、それが、み神の呼びかけであることを、今の時代であればこそ知るべきである。
  このことこそ人間の原点であり、この人間の原点を、教育の場で、そして、何よりも家庭で親も子も一緒になって、天の声として見直さなければならない時代となっている。

                   (2012.9.6)
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