謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
 
 この度の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
   私達学校関係者も、千年に一度という大惨事に対して心を一つにして、被災者の方々の今後の救援に取り組
んでいきたいと思っております。
  
              ○                                                            大和山神歌204番   
   み教への道は一つぞ変わらねど
      
教への草に千々の花みん
    

                         理事長 田澤昭吾

 
  宗教という語は、明治以降にわが国に入ってきたレリジヨン[Religion再び(神と)結ぶこと]の訳語だ。但し、レリジヨンの本来意味する内容は、キリスト教の人を神と再び結びつける信仰のことだ。しかし、仏教の宗教の意味はキリスト教のそれとは違い、「宗」と「教」の二字にそれぞれ次の意味を含ませている。
   「宗」とは究極的な真理で、「教」とはその真理を説いた教義のことだ。だから「宗」は一つであっても、「教」にはその真理を悟った人(開祖)の種々な説明の仕方があり、それが宗派となった。それが故に、宗派の教義は、一つなる真理「宗」を教えたものであることを見落としてはならない。この説は、仏教研究大家・故中村元東京大学名誉教授が教えてくださった内容だ。
  本校創立者・初代教主田澤康三郎先生は、「万教同根」、「宗教の根源は一つ」という真理を宗教の「富士山八合目論」(諸宗教の真理への道は、富士山の頂上を目指す麓の登り口であり、八合目まで登って行くと頂上への道は一本の道となり、最後は皆この同じ一本の道を登って行き、頂上[真理]に到着する)の例えで説いてこられたが、この中村先生の論文を目にされたとき「拍手喝采だ」と喜びの声を発せられ、大変な喜びようであった。
    宗教の歴史には、教義の違いによって激しい争いを続け、血を流してきた足跡が遺っている。しかし、20世紀末頃から、世界の宗教指導者は、宗派、教義の違いを超えて平和という真理のもとに帰一し、戦争・紛争で荒れ狂う世界を平和な世の中にしようとする行動を起こしてきた。1970年10月、京都で開催された第一回世界宗教者平和会議がそれだ。
  その時の宣言文の中に「我々は、しばしば、われらの宗教的理想と平和への責任にそむいてきたことを、宗教者として謙虚にそして懺悔の思いをもって告発する。平和の大義に背いてきたのは宗教でなく、宗教者である。宗教に対するこの背反は、改めることができるし、また改められなければならない」という一文を、このとき集った世界39カ国、10大宗教の代表300余名の総意として遺した。平和のために行動する世界の宗教者の使命を表明するためだ。
  勿論、本校創立者田澤康三郎先生は松緑神道大和山教主として日本代表団に加わって出席された。そして世界宗教史にとって歴史的意義ある「京都会議」を一回限りの会議に終わらせないために、世界の宗教者が京都会議の意義を忘れないようにするために、会議終了後の行動として世界各地域で同じ日に平和へのに祈りを捧げ、その地域に必要な平和行動を起こそうと訴えられた。それが、今では、世界宗教者平和会議日本委員会の「一食を捧げる平和運動」として結実し、日本宗教界の平和運動として世界宗教界に高く評価されている。このことを私たちは決して忘れてならないし、恒久的に平和活動の原点・原動力としなくてはなるまい。
  20世紀に灯されたこの宗教の相互理解と宗教協力の希望の光は、必ずや21世紀の混迷する世界を明るい未来に導く原動力となっていくであろう。それが日本及び世界の宗教者の喫緊の課題であるし、使命でもあるからだ。
  この世界宗教史的意義ある宗教の相互理解と宗教協力の道しるべを、立教当初から達見され、後にその精神の証しとして大和山本部に神集城を建立された教祖・大和松風先生の精神は、初代教主さまへと継承され平成6年に竣工した大神殿「神集閣」へと結実し、世人に問うことになった。その精神は二代教主大和松光(田澤豊弘)先生へと引き継がれ、現在、教主大和松園(田澤清喜)先生がその歩みの先頭に立たれ、宗教界で活躍されている。
   私には、昨年3月11日午後2時46分に起きた未曾有の東日本大震災への宗教者による支援活動・平和活動は、先に記した「京都会議」宣言の延長線上にあるとも見える。
   神歌「み教への道は一つぞ変わらねど教への草に千々の花みん」の神意は、実に深遠で広大な信仰の道だと実感し、新年を迎えた。
                      (2012.1.3、新年に当たって)