謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
 
 この度の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
   私達学校関係者も、千年に一度という大惨事に対して心を一つにして、被災者の方々の今後の救援に取り組
んでいきたいと思っております。
  
              ○                                                           正しきものこそ勝つべし       
        
                     理事長 田澤昭吾

  人の世は、競争社会であり、優勝劣敗の側面を持っている。それが過度になると、条理からはずれて、手段を選ばない挙にでる人も現れる。そういう人は、何事によらず攻撃的であり、人を責めたてる。悲しいかな、これが悪の特性である。こういう人を一人でも悪党と呼び、団結力も強い。 
 善なる人は、何事によらず、絶えず天地の理法に照らして自己を省るから、引っ込み思案となり、傍観的にもなりやすいという特性がある。また、悪党と争っても、自分の方が悪いと考えるから、どうしても善人は負けてしまう傾向にある。
    悪党という語はあっても、善党という語はない。このことを、初代教主・田澤康三郎先生は、ことあるごとに説いてくださった。そして、信仰者は善党となり、世の浄化のために尽くさねばならぬと、お説きくださったこともなつかしく思い出される。
  悪党の世の中になってしまえば大変なので、悪に処する態度として、悪を憎み、断固としてこれを封ずるという態度が必要となってくるが、法に基づく裁判はそのためのものであろう。
  そして、裁判は、人を憎むのではなく、悪を憎むのであり、その人を悪から解放してやるという法哲学があってこそ成立するものだと思う。「罪を憎んで人を憎まず」と言うが、被害者にとっては、至難の道だ。
  誰にも善悪二相の心があり、油断するとすぐに悪の芽が伸び、悪心の虜になってしまう危険性がある。だからこそ、心に正しき知恵を具えなくてはならないのだと実感する。
 今の日本にとって、歴史は、正しさを具象化する命の流れだという歴史観を持って生きる人が求められていると、強く思う。
  その至難の道を、信仰の力で生ききっていく人こそ人生の勝利者であると、過日、会葬させていただいた故桜庭はるゑさんの告別前夜祭で教えてもらった。
                       (2011.12.6)