謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
 
 この度の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
   私達学校関係者も、千年に一度という大惨事に対して心を一つにして、被災者の方々の今後の救援に取り組
んでいきたいと思っております。
  
              ○                                                         心はだれにも見えない
  けれど心遣いは見える
    

      
                                              理事長 田澤昭吾

  テレビから心に響く言葉が伝わってきた。日本広告機構で放送している、詩人・宮澤章二の「行為の意味」の詩だ。
心はだれにも見えない。
けれど心遣いは見える。
思いは誰にも見えない。
けれど思いやりは見える。
あたたかい心も、やさしい思いも。
行いによってはじめて見える。
  心は見えない。しかし、見えない心が私たち人間にとつて一番大切な存在となっている。目に見えないものの中に、人間にとって一番大切なものが存在するというのは、人間というのは何と不思議な存在なのだ。
  確かに心は誰にも見えない。しかし、人の心遣いは、心に染みる。そして、心遣いによって、人は、人と触れ合うことの喜びを感じ、信頼し合える関係を築いていく。幸せを感じる時でもある。
  思いは見えないけれど、思いやりは誰にも見える。その見えない思いは、相手に対する思いやりによって、相手に伝わっていくことが出来る。至極当たり前のようなことなのだが、その当たり前の心が何故か有り難く、心に染みてくる。時代がそうさせているのだろうか。 
    1年生の宗教の教科書として使用している『松風塾高校の教育とは』の中に、田澤康三郎初代校長先生の入校式訓示の中から、次の一文を紹介させていただいた。 
   北海道の帯広へ電車で帰る学生が駅弁を買った。
    その学生は、弁当に対して先ず合掌し、弁当の蓋を開けた。すると蓋には、ご飯粒が付いていたので、そのご飯粒一粒一粒を箸でとって食べ、それから弁当を食べた。最後に、弁当を食べ終わったらまた合掌し、食事を終えた。その一部始終を見ていた向かいに座っていた紳士は、その学生の仕草に感心し、色々と学校のこと、郷里のこと、氏名などを聞いた。
  それから暫くして、その学生に一通の書状が送られてきた。文意は、あなたをわが社の社員に採用し、ゆくゆくは幹部になって貰いたい、との懇請状だった。この学生の運命は、ここで大きく転換した。
 松風塾の生徒のことも、次のように書いていた。
  帯広へ帰る生徒二、三人が、青森駅で連絡船を待っている間、立ち食い蕎麦を食べた。その時、いつもの食前の作法で、みんなで合掌し食べた。そして、明るく楽しく食べていた。
  その姿を見ていた一人の紳士が、その作法に注目し、学校はどこか、どこへ帰るのか、と尋ねてきた。問われるままに生徒たちは答えたところ、この紳士は帯広市の有力者で、大和山のことをよく知っており、そのうちに学校を見学したいと言ってくれたそうだ。
  その時、その生徒たちの態度が粗野であったり、野卑であったりしたら、どうなるであろうか。ましてや、万引きなどしたら、どうなるだろうか。こういう習慣は、ただ習ったから、覚えたからよいというものでなく、身に付いておらなくてはいけないし、そこにその人の心が表現され、人柄が表れておらなくてはならない。付け焼刃であってはならないのだ。
      ◇           ◇
  「心は誰にも見えない。けれど心遣いは見える」
  「思いは誰にも見えない。けれど思いやりは見える」
  私たちの心は、態度や行為となって表現され、それが私たちの人格として相手に伝わっていく。だからこそ「心遣い」や「思いやり」が大切なのだ。この事を忘れてはならない。 東日本大震災は、日本及び日本人に価値観の見直しを迫っている。こうした声が強く聞こえてくる。同感だ。特に、70万人とも言われるボランティアが東日本大震災の被災地を訪れ、活動している姿は、日本人の心が覚醒した、と感じさせてくれた。胸が熱くなる。
 目の前に繰り広がられている利害が絡んだ、亀裂、争い。目的のためには手段を選ばない権謀術数の駆け引き。
  こうした大人たちの心の地獄絵図が、日本に蔓延し、日本を蝕んでいるから、子供達の心が荒れるのだ。報道される毎日のニュースから、そう思えてならない。
  でも、人間は捨てたもんじゃない。「心は誰にも見えない。けれど心遣いは見える」「思いは誰にも見えない。けれど思いやりは見える」、この宮澤さんの詩のように、、黙々と被災地でボランティイ活動している人たちがいることに勇気を貰った。
   勿論、被災地の人たちは、全国から集まってきたボランティアと接し、生きる力を貰い、復興に起ち上がっている。人間の優しさは、心が疲弊している人たちに、生きる力と勇気をを与えてくれるのだ。こううした心の波が、今度は被災地から全国各地に広がっていきますように、と祈られる。
                                                (2011.10.14)