謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
     
 この度の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地  震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
    特に松風塾高等学校の在校生、卒業生及び保護者の方々、及び関  係者で被害を被り、 ご家族でお亡くなりになられた方々に対して、ご   冥福を心からお祈り申し上げます。 
  
              ○                                                       瓦礫の下に咲いたカーネション
    ー生きる力と勇気を与えるー
    
                   理事長 田澤昭吾
  5月4日、33期生のH・K君と35期生のH・U君兄弟とご家族の納骨祭が大和山光霊殿で行われ、参列させていただいた。
  兄弟二人の追悼式は、7月30日に本校で行うので、この度の納骨式は、都合の付く学校関係者・在校生だけが、お父さんと一緒にお参りさせて貰った。
  納骨の礼拝が司祭・岩淵進さんのもとで行われたが、途中、ものすごい雷雨となっているのが室内でも聞こえてくるほどであった。
    礼拝が終わって、岩淵さんのご挨拶があり、参列者の涙を誘った。そのお話しと、取材した内容と合わせて、今回は記事をまとめてみる。
   ご焼香台の案(机)の前に花瓶が幾つか並べられている。その中の一瓶に、この度の東日本大震災で被災した菅井啓貴さんのビニールハウスで育てられたカーネーションがあった。
  菅井さんは、ご両親と一緒に花卉栽培を仕事にしている青年実業家であり、現在、大和山連合青年会理事長でもある。住まいは宮城県名取市で、震災の被災地だ。
  菅井さんの仕事場にあるビニールハウスや花卉栽培の畑地は壊滅状態だという。そこへ高速道路が漸く開通した3月25日頃、同連合会の役員だった長内一人(16期生)、三浦弘光(17期生)、坂本朝幸(14期生)の3氏が車で支援に駆け付けた。
  菅井さんは、被害を受けた3月11日後に、 瓦礫の一帯に壊れ掛かっているビニールハウスを見つけた。中に入ったら、瓦礫の中で一生懸命生きようとしているカーネーションの一群を見つけた。瓦礫の中で咲いているカーネーションは、菅井さんを、「強く生きよ」と勇気づけているかのようだった。
  菅井さんは、駆け付けてくれた青年会の先輩、同志3名の訪問を心から喜び、再度勇気づけられた。そして、ビニールハウスへ案内し、瓦礫の中でひたむきに生きようとしているカーネーションの花の一群の所へ行った。菅井さんのお母さんは、このカーネーションを3人に沢山摘んで「おみやげです」と渡した。
  長内、三浦、坂本の3氏は、帰りの道中で「Sさんは瓦礫となったビニールハウスの中で、ひたむきに一生懸命咲こうとしている泥にまみれたカーネーションを見て、自分もこの花のように今この時を一生懸命生きよう。残された人生で、自分に与えられた天授の使命を精一杯果たしていこう。彼は、心の中そう誓ったに違いない。だから、このカーネーションをおみやげに渡してくれたんだ」と話し合った。「そうであれば、この花は、神さまに捧げるのが一番だ」と決め、3人は大和山本部へ直行し、教主さまに事情をお話しし、そのカーネーションの束をお渡しした。
 教主さまはそのカーネーションを光霊殿の祭壇に供える用に指示され、岩淵さんの奥さんが丁寧に泥を一本ずつ落として下さり、光霊殿の祭壇に供花として飾られた。
   被災地・宮城県名取市で、瓦礫の中で必死に咲こうとしているカーネーションは、 今、光霊殿に参拝する教信徒の心に、 生きる勇気と力を与えながら奉安されている。そして、この度の大震災で亡くなられた教信徒の方々、及び被災者全ての物故者の方々の御霊に捧げられている。
   坂本氏から今日4日に電話でカーネーションの事についての経緯を聞いたら、菅原さんを訪問した後、3人で釜石に向かい、及川耕一氏(14期生)を見舞ったという。坂本氏は、その時のことを「何と言ったらいいか、言葉が見つかりません。ただ、瓦礫の中で生と死が混在している状態でした」と話した。瓦礫の中に立ったら、津波に飲み込まれた人達の遺体が散在し、そこに人が立っている。それが被災地の現実だったという。
     岩淵さんは、参列した生徒達に向かって、このカーネーションの経緯を話され、 「この花は、瓦礫に埋もれていながらも、 一生懸命花を咲かせようと生きていた花です。瓦礫の下から這い上がって咲こうとしているこの花の姿を見て、菅井さんはもこの花のように生きて行こう、残された命の天授の使命を果たしていこうと奮い立たれ必死に今の生活の立て直しに取り組んでいます。皆さんも、この花に習い、一緒懸命自分の使命を果たすために頑張って勉強してください」と話して下さった。有り難いお話しであった。
   光霊殿から出たら、大雨だった。御霊の涙雨だと感じた。光霊殿に奉安されたH・K君とH・U君兄弟、及びご家族が安堵された涙雨だ、と合掌せずには居れなかった。そして、昼食後、外に出たら再び、朝のように青い空が広がっていた。ご慰霊の功徳に感謝の気持がこみあげた。
   最後に、坂村真民の詩を紹介する。
    一本の道を
木や草人間と どこがちがうだろう みんな同じなのだ 
いっしょうけんめいに 生きようとしているのを見ると 
ときにはかれらが 人間よりも偉いとさえ思われる 
かれらは時がくれば 花を咲かせ 実をみのらせ
自分を完成させる それにくらへて人間は
何一つしないでおわるものもいる 
木に学べ 草に習えと わたしは自分に言い聞かせ
今日も一本の道を行く
                  (2011.5.4)