謹んで震災のお見舞いを申し上げます。
     
 この度の東北地方太平洋沖地震及び長野県北部 を震源とする地  震で被害を受けられ た皆様に心より お見舞い申し上げます。
    特に松風塾高等学校の在校生、卒業生及び保護者の方々、及び関  係者で被害を被り、 ご家族でお亡くなりになられた方々に対して、ご   冥福を心からお祈り申し上げます。 
    亡くなられた方々の思いに心を重ね、故人の分まで゙生き、故人と共  に生き、これから の人生を希望を持って歩んでいかれることを心から  祈念申し上げます。
    私達学校関係者も、千年に一度という大惨事に対して心を一つにし     てその克服に努め、被災者の今後の救済に取り組んでいきたいと思        っております。

              ○                                                             心の陶冶のために (5)

                                          理事長 田澤昭吾
 
      とこしえに遙か聖霊(みたま)のみくにまで 
              急がで倦(う)まで退(ひ)かで外(そ)れずに
  
                                                    (大和山神歌一五二番)
  人間の心が落ちつく究極は、現世を超越した永遠の世界を感得する中にこそ開かれてゆくものだ。その世界を見据えた人は、どこに身を置いても、達観した心境で真実のままに生きてゆける。それが信仰の妙味でもあろう。
  臨済宗中興の祖といわれる白隠(はくいん)禅師は、84歳の秋、病弱となり、かかりつけの医者に往診してもらったら、「壮健である」と診断された。
  白隠は、医者が帰ったあと、「三日後に死ぬ人間をみて、それがわからぬようではあまり良い医者とは言えないのう」と、笑みを浮かべながらこう呟いた。そして、翌日には町で説法し、二日後には近くの和尚と碁を打ち、三日後には床を抜け出す力を失い、弟子の遂翁(ずいおう)を枕もとに呼んで「後事を託す」の一語を遺して、静かに息をひきとった。
  鑑真(がんじん)和上は、日本にはじめて受戒を伝えた中国の高僧だが、晩年病弱となった時、死期をさとり、西方を見て坐り、望郷の思いをよせてそのまま静かに息を引き取ったという。
  いずれも見事な往生ぶりである。永遠の世界を感得した宗教者の最期とは、かくあるものかと感銘するのみだ。
               ○
  確か、昭和60年6月頃であったと思う。生活学苑大和山松風塾の第一期生、山崎善弘さんが本部に参山されたとき、夕食を甘露堂でいただいた後、私のところへ来てこう言われた。
  「昭吾くん、俺、最近、仕事の現場で2回事故に遭った。その時は助かってきたが、どうも3回目の事故の時に死ぬような気がするんだ。そうなったら遺った家族のこと頼むな」と。
  山崎さんは、私が高校を卒業し上京したときに、随分とお世話になった方なので、お山へ帰ってきても気さくに言葉を交わしてくれる恩人の一人であった。その山崎さんが、自らの死を予感し、後事を託すようなことを仰られたので、私の度量では冗談事だとしか受け止めることができず、「何を言っているんですか。そんなことあるわけないじゅないですか」と笑って誤魔化しながら話しを聞いた。
  それから、一カ月経った頃に、山崎さんが仕事の現場で事故死したいう訃報を聞いた。
  死の予感は、本人以外知るよしもないが、山崎さんは私に、遺言のように告げて逝かれたことに、死を巡る不可思議な事象を感じ、ご冥福を心から祈られた。
  勿論、ご家族は、遠くからだが、平安を祈願させていただいてきた。ご子息は、松風塾高校を卒業し、今では中学校の教師として働き、母と子が仲良く暮らしているようなので、具体的には何も手を差し伸べることなく過ごしてしまったが、安堵しているところだ。逆に、何かの折には、学校へ支援してくれる協賛者であり、感謝を捧げている次第だ。
  もう一件、似たようなことがあった。
  山崎さんのことがあってから後のことだが、もう20年余前になるだろうか。K・Kという高校時代の友人と、同窓会で一緒になった。同じ野球部だったので、無二の親友だった。かれは、高校を卒業して日本通運に就職し、大型トラックの運転手を続けていた。
  その彼が、「昭吾、ワァ、なんだか事故で死ぬような気がするんだ。オメのいる大和山では、仏様を供養してくれるというが、本当だか。もし、そうだったら、ワァ信者でねばて、ワァのこと供養してけじゃ。一回大和山さも行ってみてだばてな。なんだか、霊魂とか、仏様とか、宗教のことさ関心あるんだいな」と、言った。
  酒を飲み交わしながらの会話だったので、半分冗談だと思って聞き、「わかった、安心しろ。ちゃん慰霊してやらはで。でも、どうしたい。死のことに考えたたりして。オメも信心深くなっきたな」と話ししていた。そのとき、もっと積極的に大和山のことを話ししていたら良かったかなと悔やまれたが、後の祭りだった。それから三カ月後である、彼が仕事中、運転事故で亡くなったいう訃報を聞いたのは。
    彼のことは、彼の言った通り、爾来、慰霊させていただている。
  忘れがたい高校時代の友人の一人だけに、「霊界に逝くには早いぞ」と叱ってやりたい思いだったことは、まだ、今でも変わらない。 
  彼も又、自分の死を予感していたのである。高僧でなくても、人は、誰でも死を予感できるという証左であろうか。
  大和山では、「生くる身はやがて終わりをつげぬらん みたの国のあるを忘るな」、「諸人(もろびと)の死は永遠(とこしえ)の滅びならず 世の旅終えてかへるたましい」と教えている。
  この身は、死して魂の国に凱旋する身であるという死の悟りこそが、宗教の、信仰の、真骨頂である。
  そして、「死は滅びならず、世の旅終えてかへるたましい」、「みたの国のあるを忘るな」との教えが事実であることを、光霊殿に参拝する大和山の信者が、体験を通して教え、伝えていることも事実である。光霊殿に従事している本部職員に、毎日の慰霊礼拝での信者さん方の体験を尋ねてみると、幾多の体験談を教えてくれるから是非参拝してください。
  この度の、東日本大震災では、岩手、宮城を中心に死亡者・行方不明者は、20日現在で2万1千人と発表された。
     亡くなった方々の御霊が、霊界に導かれ、安住できますようにと、み神に熱願される。
  犠牲者の中には、同信の方、学校関係者の方もおられる。千載の痛恨事だ。涙が枯れる思いだ。せめてそれぞれ「世の旅終えてかえるたましい」として、万霊安住の地に「倦(う)まで退(ひ)かで外(そ)れずに」に逝かれたと信じたい。                                                        (2010.3.21)