心の陶冶のために (3)

                                          理事長 田澤昭吾
   
    誠心
(まごころ)の歩み重ねてゆく人の 
           ゆかば恵みを受くる真理
(ことわり)
                   
                               (大和山神歌二六二番)

 私たちは、とかく不幸なことが続くと、神も仏もあるものか、と思いがちだ。人の心の弱さというものであろうか。しかし、大和山の教えには、「神は霊なれども超現実の力あり」と説かれ、「至誠天に通ずる」とも教えられてある。
  大分前に、江原通子
(みちこ)という随筆家の講演を聞いたことがあった。講演では、ご自分の苦労話を取り入れてお話しされ、感動して聴いた。
 江原さんは、夫を戦争でなくし、戦後、女手一つで子供を育て、さまざまな苦しみ、悲しみに遭い、あげくの果てには突風に足をさらわれ、谷底に吹き飛ばされたような絶望感に陥ったことがあったとのこと。そんなとき、「神も仏もあるものか」と言いながらも、必死に岩に手をかけ這い上がり、生きて来たという。
  講演をなさっていた頃は、随筆家として、お孫さんにも恵まれ、安定した生活を送っておられたが、そのときの様子を述懐しながら、「神も仏もあるものか、と背を向けたあの頃の自分は、どん底にありながらもまだ生きていると感じ、しかも、起きあがって動き始めていた。
 しかし、今になって考えると、あの時は、神仏が私の手を引っ張って、後ろから包み込んでくださったんだと、幾度となく感じます」と述べられた。この話しに、深い感動を誘われた。
 苦しい時ほど、み神は救いの手を差し伸べておられるだ。このことを信じて歩む人でありたい。                                (2011.3.7)