松風塾高校HPのINDEX

建学の精神
 目 次

1   「建学の精神」について
2   「校訓」「教育目標」「生徒五訓」について
           「ヨクミル」とは
           「ヨクキク」とは
           「ヨクスル」とは
           教育目標
     大鳳の志を
3   平和の願いのために
4   日本人の健全な精神育成のために

   
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1  「建学の精神」について

本校の建学の精神として、「国柱地塩」「自策自励」の二つが掲げられています。この言葉は、現在、太陽堂の御神殿の両側に、創立者田澤先生がご揮毫してくださっていますが、もともとは本校が開校した時に、旧惜春堂の御神殿の所に掲げた大扁額としてご揮毫なさった言葉です。
「国柱地塩」の四字は、ご神示によるものです。神さまが、松風塾高等学校に入学する生徒達に、神訓としてお授けくださった言葉です。このことをしかと心に刻んで、三年間の修学に励んでください。「国の柱」とは、祖国日本を支えていく人材となるということです。「地の塩」とは、「世の浄め」ということで、人心が荒廃した世を浄める一人となるということです。
 神さまは、「汝一人善き者となるべく精進せよ。人の世は、その一人のために浄められんと」と、本校の母胎である大和山の教典の中で教えてくださいました。本校は、皆さんの栄達、大学進学のためだけのものではありません。日本国のため、世の人のために役立つ人となるための学舎であり、青年道場であるところに究極の眼目があります。そのために、学を修め、人格を錬磨するところに本校建学の精神があるのです。
 自策自励とは、自らに策を加え、自ら発して勉め励む意であると、創立者田澤先生は教えてくださいました。そして、策励を「策(むち)を当ててつとめ励む」意であると教えました。
石川県能登の国、門前町の総持寺を開基した峨山禅師が、福井県越前の永平寺に参詣した際、衆僧に求められて「即身即仏」と揮毫した傍らに小さく「自策自励」の四文字を書き加えたといいます。つまり、自策自励の言葉は、迷いの多い凡夫であるこの身が、迷いから転じて悟りを開くこともできる、つまり転迷開悟すれば佛(目覚めた者)になり得るが、そのためには人一倍の策励を必要とする禅の教えなのです。私たちは、志を立て、願いを起こせば正しい覚りを得ることができるし、一歩誤れば地獄にも墜ちる身ともなるということです。
 教育とは、各自に潜む可能性を引き出す、または、可能性を育て上げる意であると解されます。その潜在する可能性を開発するために、みずから策励し努力することが大切であります。このことを修学の指針とするために創立者田澤先生は「自策自励」を建学の精神の一つとして掲げてくださったのです。どうか、みなさんも、願いを起こし、自ら策打ち、自分の潜在している可能性を大いに開発するために努力する三年間を送ってください。
日本国を支える柱となろう、その一人になろう。そして、「世の浄め・地の塩」となろう。そのために自ら策打ち、自ら励む「自策自励」の道を歩もうと決意するみなさんであることを期待します。
 更に、本校を開設した時の心境を、創立者田澤先生は、前述の訓示で次のように述べています。
 昭和四十九年(一九七四)四月九日は、わたくしの生涯において記念すべき日でした。学縁を断って山の住人となってから、わたくしの胸に温めて来た青年教育に明るい希望がひらけて来た日だからです。学校を経営した経験が全くないので、副校長を委嘱した福士勇三さん、その他の協力で、学校として必要な準備を一つ一つ整えました。
 まず校名ですが、生活学苑大和山松風塾の教育方針を受け継いだ普通高校ですから、その小さな伝統を忘れないようにと、松風塾高等学校とよぶことにし、十九年間実施して来た教育方針としての全寮生活の生活指導を受け継ぎ、昼の教室での授業は普通高校と全く同じ内容で教科の指導をしてもらうことにしました。また寮に戻ってからの時間帯は、寮監が指導に当たるという二重構造の教育指導に決めました。また、帽章は僅か六人から始めた松風塾を象徴して六つの松の実をあしらい、制服は、よその高校と一風違え、どこにおっても本校の生徒であることを明瞭にし、やがてその制服に誇りと責任を自覚してもらうようにしました。小さいことでありますが、松風塾の精神として来た三つの指導目標である「ヨクミル・ヨクキク・ヨクスル」を象徴して帽子と上着の袖に三本の横線を入れました。また宗教教育の基本である朝夕の合同礼拝は、全校生徒が必ず守らねばならない必修の時間帯ときめました。
 この学校は、誰か特定の金持ちが資金を提供して建てたのではなく、無名の信徒方が浄財を提供してくれ、汗を流して建ててくれた学校であり、多くの卒業生がみんなで声をかけあってその実現を願った賜として誕生した学校でありますから、それをいつまでも忘れないようにしようと、学業の余暇を勤労にふり向けるようにしようと、用務員をおかないことにし、当番制にしました。将来、諸君はやがて両親の元を離れて生活してもとまどいがないようにと配慮して、当番制の夜間巡視もしてもらうことにしました。上級生と下級生が互いに尊敬しあい、庇いあう友情を養いあうようにと願って、各部屋ごとに三年生二年生一年生と共同で生活してもらい、毎年春秋に部屋替えをし、上級生には指導力を涵養し、下級生には先輩から取るべきものを学びとってもらいたいと考えました。全寮生活は、共同生活ですから、自分一人の都合や勝手は許されません。
「人間」という文字がいいあらわすように、われわれはいつでも、人と人との間に生活してはじめて人に成るのでありますから、この修練は絶対に必要と考えました。

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2  「校訓」「教育目標」「生徒五訓」について

 みなさんに渡した『生徒手帳』の中には「校訓」「教育目標」「生徒五訓」が記されています。これらは、創立者田澤先生が定めたもので、本校で修学する心得を諭したものです。よく精読してください。
 創立者田澤先生は、本校を開校するにあたって、昭和三十年春に開塾した生活学苑大和山松風塾を開塾したときに定められた指導目標である塾訓「ヨクミル」「ヨクキク」「ヨクスル」の伝統をそのまま校訓としました。それは、前記の通りです。
校訓については、開校の当初、副校長であった福士勇三先生が共著『大和山教主小松風先生のご遺徳を偲んで』(六十九頁)の中で、「塾訓は教祖さまがご神示によって大和山の教訓としてあります〈見神・聞法・行善〉を、そのまま受け入れたのです」と記しています。また、「建学の精神は、〈国柱地塩〉の四字をもって中核としています。〈国の柱、地の塩とならん〉を修業の核心とし、その使命にふさわしい人格の涵養と知性の錬磨が教育の目標でありました」とも述べ、その教育目標達成のために掲げた三つの綱領が、「一つはヨクミル(見神)、二つはヨクキク(聞法)、三つはヨクスル(行善)であります」と解説しています。
 本校の「校訓」を紹介しましょう。

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「ヨクミル」とは
 「ヨクミル」とは、目を通して学ぶということです。古典に目を通し、二千年来の長い歴史の間に養われてきた日本人の心を学ぶという、本を読む力の涵養のことです。これは、広く学ぶということで、「博文」とも言い換えています。
 先人の言葉を目を通して学ぶことによって、自己の品性を養い、人格完成に努めるということです。先人の教えを博く学ぼうというその目は、自分自身を省みる目となり、他人の行動の是非と世情の動向の是非の判断となっていきます。そして、万物を生かしてくれる天地自然を観察する目にもなり、私たちの先祖の徳とする御蔭を見いだす目ともなって欲しいというのが、創立者田澤先生の願いでした。
 「ヨクミル」ことは、自分自身を見つめる目を開くことでもあることから、「見性」とも言い換えています。自分の真実の心の世界、真実の自己を発見することは、宗教を信じる信じないにかかわらず、人間としての本性であります。
 宗教教育を掲げている本校では、み神を高く仰ぎ見る目を養わなくてはいけません。み神を高く仰ぎ、み神の心を見る目と心を養うことが、真実の自己を発見することになるのです。神を見ることから「ヨクミル」を「見神」とも言い換えています。神を見失った人間社会は、動物の本能のみが優先し、争いの場と化してゆくこととなります。現代の社会はまさに、その様相を見せています。みなさんのこれからの学校生活は、神をしっかり見つめる修学でもあります。
 「ヨクミル」の解説については、創立者田澤先生は、先の訓示で次のように解説しています。
ヨクミルは、よく目を見開き、目を通して知識を拡げ、われわれの品性を磨き高める学習態度であります。古典を博く読んで、先人の教えをわが身に移さなくては、われわれの品性の陶冶はできません。目を通して先人の言葉に触れることは、その人に面接するのと同じ意味を持つのであります。そして先人の遺した言葉を文字として読むことによって、二千年の長い間に養われて来た日本人の心が現代のわれわれに伝わって来ます。
 そして先人の言葉を通してわれわれの品性を洗練する工夫と努力が、やがて、われわれ自身をかえりみる目となり、他人の行動の是非を判断する(眼識)ようになります。そこから出発してわれわれを生かしてくれる自然を観察する目になり、われわれのご先祖のお徳・御蔭を見出すようになってほしいので、その願いを見神とよびました。
  見神という文字が理解できなければ、自分のほんとうの相をみる見性が理解できましょうか。
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「ヨクキク」とは
 「ヨクキク」とは、耳で聞いて学ぶということです。教師の言葉に素直に耳を傾け、心をこめて聞くということです。
 良き人の良き言葉を傾聴する「ヨクキク」という修学の態度は、「聞法」とも言い換えて教えています。本校の教師は、創立者田澤先生の人徳と崇高な教育者としての理想に、自分の人生を賭けて悔いがない、と覚悟して集まった人たちです。お金も地位も名誉も捨てて、創立者田澤先生が開かれた青年教育の道場としての松風塾高等学校に、理想と情熱を燃やして教師となった「類稀な教師」ばかりです。それだけに、本校の教師は、みなさんの将来に思いを寄せながら、全精魂を傾けて教壇に立ち、生活を共にすることを最高の生きがいとしています。
 みなさんのこれからの三年間は、誇るべき本校の教師の言葉に真剣に耳を傾け、正しい智恵と知識を学びとってください。耳を通して聞き、明らかならざるを審らか(明らか)に問う修練を、創立者田澤先生は「審問」とも言い換えて教えてくださいました。「ヨクキク」とは、正しい法を聞く「聞法」であり、正しい教えを聞く「教聞」、そして「審問」でもあります。
 大和山神歌に「汲まば得る汲まねば何も白浪のその去るあとにうたかたもなし」という教えがあります。教師の真心をこめた言葉から、人間の真実の在り方を聞き、学びとろうとする心があれば、いくらでも教師の語る言葉がみなさんの知識となり智恵となって、どんどん自分自身を成長させていくでしょう。しかし、「つまらぬと言うは小さき知恵袋」と言われるように、聞こう学ぼうという態度がないと、どんな正しい教えでも、それは馬耳東風となってしまい、何も心には残りません。それは実に愚かな行為です。
 これからの三年間は虚心坦懐に、教師の言葉に耳を傾け、権威ある教えに傾聴して、心の世界を広く拓き、深い智恵と知識を学びとってください。
 「ヨクキク」の解説については、創立者田澤先生は、先の訓示で次のように解説しています。

 ヨクキクという学習態度は、宗教の修行では「教聞」または「聞法」といいます。目を通して先人の言葉を会得するのを苦手とする人でも、耳を通して聞くことによってものの条理を知ることができます。正しい言葉、正しい教えを心をこめて聴く態度は、ひとり学校での学習に限りません。耳には痛い言葉でも心虚しくして素直に聴くと、そこに含蓄があり、自分を大きく成長させてくれる良薬を含んでおる場合がじつに多いものであります。ヨクキク態度は、ヨクミル学習と並んで青年期には欠くことのできない大事な心構えと、わたくしはこれまでも説いてきました。
 ヨクキクとは、耳で聞く学習をも意味します。諸君の耳もわたくの耳も、外側から聞こえてくる音を聞くようにできており、音楽も雑音も聞こえてきます。しかし、きれいな音楽を聞くのには傾聴せねばなりません。傾聴とは、耳を傾けて聴く、心をこめて聴く態度を言います。
 古い本(中国の古典『詩経』)に「心ここに在らざれば聴けども聞こえず」とも「之を聴くとも聞こえず」ともあります。これから判断すると、「聴」の字は、自分からすすんで聞こうとするの意味で、「聞」は聞こえてくるという受身の意味であります。聞こうと努力しなくても耳に響き伝わってくる外の音と、耳を傾けて聞きとろうとするのとでは、その効果にかなりの違いが出てくるのであります。ヨクキクとは、即ち、上の空に人の言葉を聞くのでなく、心をこめて聴くのでありますから、敢えて傾聴の二字を当ててみました。
 わたくし自身のことをのべるのは自慢話と誤解される惧れがありますのであまり聞きよい例でありませんが、中学生の頃のわたくしは決して秀才型の生徒でなく、どちらかといえば努力型の生徒でした。しかしその頃の家庭は裕福でなく、中学校に進学できただけでも感謝せねばならないほどでしたから、参考書を幾種類も買うとか、夏の休暇には海や山へ呑気に旅行することもなく、暇があれば教団の印刷所を手伝ったりで、寸暇を惜しんで猛烈勉強した記憶は全くありません。しかし、学校へは真面目に通いました。そして授業時間には、自分の知らない知識が与えられるのに興味をもち、教師の授業に耳を傾ける態度をなくしなかったと思います。そしてよく聞いているうちに、教師がとくに力説強調する個所に目印をつけておきました。試験になるとその目印の個所をよく復習して試験に臨みました。わたくしの山はよく当たり、いつの間にか同級生の間で評判になり、それを尋ねに来る友人が出ました。中学五年の二学期に発病して手術を受けましたがなかなか全快せず、ついに二学期を殆ど欠席してしまいましたので出席日数不足で仮卒業、即ち同期生百六十三名の番外で卒業しました。ところがどうした偶然か、仮卒業でありながら高等学校の入学試験で合格したのは仮卒業のわたくしのほかに二名だけで、当時の東京帝国大学へは文学部でわたくし一人、別の一人は農学部へ合格しました。これは全くの偶然でしたが、第三学期の期末試験に出た問題が二カ月後に再び出題されるという僥倖(思いがけない偶然の幸福)がわたくしの運命を転換したのであります。それにしても耳を傾けて聴くことの効果をこの時ほど痛感したことはありません。
 わたくしは諸君の授業をほんの少ししか持っておらず、毎日何かを執筆せねばならないほど用務があります。卒業生に贈る訓示、新入生諸君に言い聞かせる訓示もその中に入ります。もの書きには正確な文法、正しい漢字の使用などに注意せねばなりません。そういう知識は、今にして思い返してみると、中学三、四年頃に聴いた知識であります。それが脳裡に刻まれて今のわたくしを助けてくれます。
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「ヨクスル」とは
 「ヨクスル」とは、「ヨクミ」「ヨクキ」いて納得したことを、行ってみるということです。目と耳から学んだことを、手足に移して行動してみるということです。古人はこれを知行合一といいましたが、創立者田澤先生はこれを「行善」とも言い換えて教えてくださいました。善き行いを進んで行うということです。これを、よい行いをするということで「篤行」とも言っています。
 私たちが目を通して学び、耳を通して学び知ったことは、実践し行動に移してみることによって初めて自分自身のものとなります。それを、目や耳で学んだことを行動に移さなかったら、その知識は現実に生かされません。私たちが学び得たことは、行動に移し、現実の社会に役立たせていかなくてはいけません。行動することによって学んだ知識は、自分自身のものとなり、社会に貢献できるものとなるのです。
 正しい教えを目を通して学び、耳で聞いて学び、それを実生活に行ってこそ、その人の人格が認められるのです。行いの正しさこそ人格形成の大事といってよいと思います。
 仏教には、「諸悪莫作 衆善奉行 自浄其意 是諸仏教」という教えがあります。「諸悪莫作」というのは、諸々の悪いことをしないということです。「衆善奉行」とは、諸々の善いことを行うということです。「自浄其意」とは、自分の心を浄くすることです。「是諸仏教」とは、是が諸仏の教えだということです。つまり、悪いことをしないで、すすんで善いことをし、心を浄くしていくことが、諸々の仏が説いてきた教えだということです。このことは三歳の子供でも知っていることですが、実行に移していくことになると、なかなか難しいことです。八十歳の老人になってもなかなか実行できません。教えを学ぶということは、実行してこそ真に知ったということになるのです。
 みなさんは、これから目で見て学び知ったこと、耳で聞き学び知ったことを、手足に移して行っていく訓練・鍛錬を学校生活でしていくことになります。
 先人は「分かっただけの信仰は役に立たない。信じた信仰だけがいざという時に役に立つ」と教えました。「読む力(ヨクミル)、理解する能力(ヨクキク)、書く力(ヨクスル)」の三者が一体となって、学んだ知識は真の知識となるのです。正しい教えは、自分が行ってこそ周囲の人にその正しさが認められます。みなさんも、口先だけの人間にならないように言行心一致の人になる努力をしてください。
 良習(良い習慣)を身につけた人は、そのままその人の人格となり、一生の宝となります。良習は、周囲の人に好感を与え、明るい住み良い社会を創ってゆく原動力になります。平和もまた空理空論では、招来できません。平和は、平和を創ってゆく行動によってはじめて実現可能になるのです。
 本校では、毎月十八日に全校生徒が朝の一食を抜き、一欲を節し、その微財を平和のために捧げます。これは、本校の母体である教団が行っている「世界平和運動」に協力し、実施しているものです。教団では、「一食を捧げ、一欲をしりぞける」行動を通して、他人の痛みをわが痛みとする共感共苦の心を養い、平和を創りあげていこうとする運動を実践しています。この平和運動は、創立者田澤先生が、初代教主さまとして昭和四十九年秋に教団で提唱し、始まったものです。これまで中国をはじめとするアジア各国に平成十二年末迄に約十三億円余りの浄財を、開発援助で活用してきました。
 これからは、目で見、耳で聞いたことを、手足に移してゆくことによって自らの心が養われ、平和を創りだしてゆく真の力となるのだということを心にしっかりと銘記してください。
 「理論なき実践は盲目なり」、しかし「実践なき理論は無力なり」とも言います。
 「ヨクミ」「ヨクキ」いたことを「ヨクスル」ところまで高めていってこそ、「ヨクミ」「ヨクキ」いたことがいかされたことになるのです。目で見て学び知り、耳で聞いて学び知ったことを、手足に移して「ヨクスル」行いの人になってくれることを期待します。
 「ヨクスル」の解説については、創立者田澤先生は、先の訓示で次のようにも解説しています。
 ヨクスルとは、ヨクミ、ヨクキいて納得したことを、唯知っておくだけでなく、それを試してみる、実地に行なってみるという意味であります。内村鑑三という人は『後世への最大遺物』という名著を遺した人でありまして、この小著はやがて諸君にも必ず読んでもらいますが、この人は、「分かっただけの信仰は役にたたない。信じた信仰だけが役に立つ」と教えております。わたくしはこの人の思想に大いに啓発され、大学時代にはすでに亡くなっておりましたが、この人の後継者の講演を毎週聴講するほど深い感化を受けました。
 わたくしたちの知識には二種類あるといわれます。その一つは「何かについての知識」であり、もう一つは「何かの知識」であります。「何かについての知識」は目で見、耳で聞くことで得られますが、「何かの知識」とは、それを経験しないと得られない知識であります。例えば水泳、野球、マラソン等は、これを書物の上だけで得ようとしても得られません。野球も、いかにルールを覚えても、実際に走りボールを手にとり、バットのスウィングをしない空理空論では、説得力を持ちません。諸君の勉強でいえば、英語を学習する時に、目で読みそれを日本語に翻訳しても、英語はあくまでも言葉でありますから、口で語り耳で聞く能力がほしいものです。しかし、耳で聞き口で話すと同時に手で書かなければスペルは覚えられません。目と耳と手、この三者が一体としてはたらかなくてはいけません。国語の学習では文字を書けないといけません。読む力、理解する能力、書く力が三者一体でなくてはなりません。
 わたくしが大学に進学した当時、有名な学者、宗教家の講演をしばしば聞き歩きました。とくに宗教家の説教を聞くことに努めました。田舎出のわたくしは、こうして話題の選び方話しの運び方、即ち話術を学ぶ努力をしました。私は諸君をゼントルマンとレディとして遇しております。だから呼び捨てはしません。ゼントルマンは、いい衣服をまとっておるだけでなく、それにふさわしいマナーとエチケットを心得なくてはいけません。それは努力して身につけるほかありません。それがヨクスルという学習態度であります。かつてわたくしは家庭教師をした経験があります。勉強の時間が終わると、敬意を表してでありましょうが、お茶をたてお菓子を供してくれるのですが、ご好意は忝ないけれども、その飲み方を心得ないのでどのようにして飲んでよいのか途方にくれました。お菓子は食べたいしお茶の飲み方を心得ないしほんとうに困りました。それから、せめて飲み方だけでも心得たいと思いたちその指導を受けました。わたくしの知人の大工さんが、新築祝いの席に出たところ笊そばが出されました。今の諸君は笊そばの食べ方を心得ない者はありますまいが、その知人はまだ若い時分だったのでその心得がありませんでした。たってのおすすめについ箸を取り上げ、垂れをそばの上からかけてしまいました。その時の恥ずかしかった思い出は、七十歳を過ぎた今でも思い出しただけで赤面すると言っておりました。そう言えば昭和十年春、わたくしは大学へ進学しました。新入生歓迎会に、学科の創始者姉崎嘲風先生を初め知名の卒業生が出席したじつに晴れがましい席でした。会場はその名をいえば東京では名の通ったレストランで、料理はフルコースでした。しかし、悲しいかな、山出し者のわたくしは、テーブルマナーを全く心得ないので、どの一品も賞味する間もなくすべてウエイターに持ち去られました。
 諸君がこれから成人する過程でいろいろの場があると思います。その場合にわたくしがかつてそうであった気後れを味わわせたくないと思います。その反対に、こんな話題を何かで読みました。ある学生が帰郷する車中で弁当を食べました。向かいの席の紳士がその仕草を見るともなしに注目しておったようです。この学生は弁当の蓋をとるのに先だって静かに合掌暝目し、弁当の蓋についたご飯を一つ残らず拾ってから静かに食べ始めました。紳士はこの学生に、学校や郷里のことを話題にし氏名を尋ねました。それから暫くしてからこの学生に一通の書状が送られて来ました。文意は君をわが社の社員に採用し、ゆくゆく幹部になってもらいたいとの懇請状でありました。この学生の運命はここで大きく転換したというのです。また、諸君の先輩の実例ですが、ある年の夏休みに、帯広へ帰省する生徒二、三名が青森駅で連絡船を待っている間にそばを食べました。生徒はいつもの習慣で食前の作法として合掌し、楽しく明るく食事をしました。一人の紳士がその作法に注目し、学校はどこか、どこへ帰るのかと尋ねました。問われるままに答えたところ、この紳士は帯広市の有力者で、大和山のことをよく知っており、そのうちに学校を見学したいと言ってくれました。もしもここで生徒が粗野であったり野卑であったり、仮に売店の品を万引きしたらどうなるでしょうか。
 こういう習慣は、ただ習ったから覚えたからよいというものではありません。上辺のお行儀であってはなりません。身についておらなくてはいけないし、そこにその人のこころが表現され人柄が表われておらなくてはなりません。それは付け焼刃であってはなりません。この学校は全寮制です。山奥の学校で交通の便が悪いからの全寮制でなく、上級生、下級生、同期生が友情を深め温めるための生徒指導の場として運営しておるのです。よい作法を身につけ、それが習慣となるように、その習慣がやがて品性となり、それが核となって人格を形成するように、日に三度の食事という平凡な、しかし人間生活の基本であるものを大事に培ってゆきたいと願っての全寮生活なのであります。
 去年(平成三年)の夏頃のこと、一部の新聞に、東京の或る宗教教育を建前としている全寮制高等学校でイジメがあって新入生の三〇パーセントが退学したという記事が出、テレビにも放映されました。キリスト教系の学校だからまさかそんなことはあるまいと思いましたが、わたくしはついでがあったので、他山の石としたいと思いこの学校へ足を運びました。わが松風塾高校と違い、校舎は近代建築で設備のよい全寮制で、生徒数は各学年ともこの学校とほぼ同じで、環境も亦よく似た学校でした。わたくしが来意を告げたところ幹部の方が快く会ってくれ、事情を詳しく話してくれました。詳しく聞けば聞くほどこの新聞報道が事実を伝えておらないのに腹が立ち、憤りを覚えました。それは、確かにこの学校の新入生五十名の中の三〇パーセントが確かに中途退学したが、それは家庭の事情や本人の不適応性で転校を申し出たので、本人の希望に添うように十分手をつくして転校させてやったというのです。どういうことがシゴキだのイジメとされたかというと、新入生の大部分は都会育ちで、各家庭では風呂があり、共同入浴の心得が全くない。上級生は、入浴する前に手足を洗え、顔を洗いお尻を洗ってから湯槽に入れ、石鹸で身体を洗ったら洗い流せ、タオルは入れるな、風呂から上がったならばタオルで身体を拭けと指導したそうです。土曜日に各自の家庭に帰った新入生は、それを両親に報告したらしい。一人の母親がそれを知人の新聞記者に語ったところ、この新聞記者がえたりかしこしと新聞ダネにしたのでした。わたくしは数年前に奈良県にある精薄者の施設を見学しました。そこの園長さんは園児が入浴した最後に入浴し、湯槽に垢が浮いておらないかを毎日調べるというのです。入浴はみんなの時間。湯槽はみんなの利用する場、そこはみんなが楽しく入浴する場であることを、その園長さんは園児に懇切丁寧に教えます。この平凡な、しかし大事なマナーとエチケットの習熟を生活指導の基本としておりました。このキリスト教系の全寮制小規模高校に入校してくる生徒たちは、たぶん生活レベルの高い、物もお金もある、そして両親は学校の教師以上に教養のある家庭で育ったのでありましょう。しかし、いかに家庭環境がよくても、そして共同入浴という欧米人の嫌う生活を日本人がしておっても、入浴には入浴の心得がなくてはならないとわたくしは思いました。
 ヨクスルという塾訓の解説が横道に外れたように思われますが、決してそうではありません。ヨクスルとは、ヨクミ、ヨクキいたことを頭の片隅で理解しておくのではなく、行動に表現されねばなりません。だからヨクミ・ヨクキいたことをヨクスルことによって諸君が身につけなくてはなりません。ヨクスルとは悪いこと、醜いこと、間違ったことをスルのではなく、われわれが長い年月をかけて積み重ねた結果、社会生活でこれが一番よいと納得することを身につけることなのであります。だからヨクスルことを行善と読みかえておりますし、或は別の言葉で、篤行とも説いております。
 松風塾では、ヨクミルを、見性・見神、ヨクキクを聞法・教聞、ヨクスルを篤行・行善と同じ意味に教えて来ました。松風塾は遠い往時の寺子屋と同じ躾をしています。知識よりも躾に重点を置いています。しかし今の高等学校では、卒業生の大部分が大学進学を希望しますので、そのためには学力の充実に重点を置かねばなりません。その躾の時間がとれないので、毎日の寮生活で指導することにしております。それも毎日厳しく訓練しておるわけではありません。一度諸君に教えたならば、よくそれを聞き分けて反抗せずにその指導を守るように努力すれば、習い性となるという言葉のように、知らず識らずのうちに、諸君の身についてきます。
 たとえば、毎晩就寝する時には、いつ変事があっても対応できるように、脱いだ衣服をきちんと整理して置くように習慣づけておく、床に就く前に、「神さま、今日も一日ありがとうございました。お父さんお母さんお休みなさい。」と合掌して心に念ずることはものの一分とかかりません。それでもそれを毎日反復実行すると、諸君の品性は必ず変わって来ます。朝の起床時刻を守ることは健康のしるしであります。床に起き上がったら、そっと手を合わせて「おはようございます。今日も一日お守りください。」と心に念ずることも一分とかかりません。しかしその習慣をくりかえしてつづけると、いつの間にか緊張して授業を受けるようになります。寮の廊下を清掃しているうちに、一人一人がゴミを散らかさなければ清掃もうんと軽減される事理が分かって来ます。それも亦大事な知恵であります。毎日の食事でそっと手を合わせて感謝する行ないはじつに美しい行ないです。諸君よりも一足早く起きて炊事をしてくれ、日に三度とも温かい、栄養のバランスがとれるように配慮してくれる人に心からお礼を表明することは、やがて諸君の品性を高尚にするでありましょう。 そういう行為、即ちヨクスルことは、これを守りつづけなくてはなりません。やれと命じられたから、そうしないとはたの目がうるさいからするとか、分かっておったら格好はどうでもよくはないかとか、理屈はどのようにも言えます。そうではなく、それをするところに品性を陶冶する効果があるのです。多くの卒業生は、みんながそのようにして成長しました。それがここの塾風であり、それは諸君にも守ってもらわなくてはならないここの教育指導であります。
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教育目標について
本校の教育目標は、次の通りです。
一.宗教情操豊かで愛国心の旺盛な国民の育成
一.博文・審問の精神を尊び思考力の豊かな国民の育成
一.身体強健で勤労意欲の旺盛な国民の育成

創立者田澤先生は、著書『教育共同体としての松風塾高等学校』の中で、「あらゆる教育活動は〈身心共に健全な国民〉を育てるところにあります。学校教育もまたこの基本から外れるものではありません。高等学校教育もまたその例外ではあり得ないのです。身体は健康で、精神は高潔で、しかも、将来の日本を背負ってゆくことのできる人間を育てるところに高校教育の大眼目があるのです」(一三六頁)と、高校教育の原点について記しています。
戦後の教育は、日本人としての自覚を持った青年の育成を置き忘れてきました。それは、GHQの占領政策がそうさせたものでした。本校は、こうした戦後の風潮に危機感を抱き開塾開校したことは、既に「松風塾開塾・開校の素志」で述べました。
その願いのもとに教育目標が松風塾高等学校開校と共に定められました。
教育目標は、開校当初から創立者田澤先生の片腕として本校の教育を支えてきた福士勇三先生が担当して成文化しました。このことについては、『松風塾三十年のあゆみ』(三四頁)の中で、福士勇三先生自身が記しています。
その一番目に本校では、「宗教情操豊かで、愛国心の旺盛な国民の育成」を掲げています。
 宗教的情操教育とは、慈悲、渇仰(仏道を深く信仰すること)、清浄感、宗教的法悦・祈願などの感情を強調して、引き延ばすことだといわれます。
 憲法の教育に関する条項や、教育基本法では、公立校における宗教教育(厳密には宗派教育)が禁じられています。日本人から日本固有の信仰である神道意識を払拭するためです。GHQは、日本人の愛国心は神話から始まる神道意識にあると考えました。そのため、占領政策は、天皇・皇室と国民の関係を希薄にしていくことにねらいが置かれました。
この占領政策によって、公立の学校教育では宗教情操教育が為されず、宗教系の私学のみにわずかに残っている程度となってしまいました。その結果、物・金こそが全てだという考えが蔓延し、宗教的情操や大自然に対する畏敬の念を失ってきた日本の社会は、荒廃する一方となってしまいました。
そこで本校では、人間を越えた見えざるものに対する畏敬の念を持った国民の育成、そこから発する愛国心に満ちた希望と理想に燃えた青年の育成を目標としているのです。
創立者田澤先生は、「この身体は、単に強健なだけでなく、高潔な精神を宿しておらなくてはなりません。われわれは、単なる動物ではなく、精神的存在でもあります。霊的な存在でもありますから、この精神を磨き、霊性を開発する努力を、一刻も怠ってはなりません。また、私たちは、単なる人間でなく、じつに、〈日本人〉なのです。
この美しい国土に育ち、同一の言語を語り、同じ運命を背負い、同じ文化に育ってきた〈日本人〉なのです。明日の世界に大きく生きていかなくてはならない重い使命を担っている〈日本人〉なのです。」と前述の著書『教育共同体としての松風塾高等学校』(一三七頁)で述べています。このことを、しっかりと勉強する基本に据えておきましょう。
霊性とは、「人間の内部にありながら、人間と人間を越えたものを結ぶ接合点、あるいは融合点というべきものである」と、摂南大学の渡辺久義教授が解説していました。創立者田澤先生は、この霊性を開発する努力をするのが、本校の教育の目標であるとしました。併せて、同じ運命を背負い、同じ文化に育ってきた日本人の誇りと、使命感をもった青年の育成を、本校教育目標の眼目に置かれたのです。
  これが、「宗教情操豊かで愛国心の旺盛な国民の育成」ということになります。
  次に、「博文・審問の精神を尊び思考力の豊かな国民の育成」について解説します。
 「博文」とは、広く学問を修め、物事の道理を究めることです。「審問」とは、事情を明らかにするために、くわしく問いただすことです。本校の教育目標は、広く学問を修め、物事の道理を究めるために、不明な点は積極的に探求し、それを明らかにしていこうと考える力(思考力)を豊かに備えている日本国民の育成を目指しています。
現在の日本は、高学歴無教養な日本人が多くなったといわれます。世の中には、博覧強記(広く古今東西の書物を読み、それをよく記憶していること)の人もいるものですが、しかし、人間にとって大事なこと・肝心なことを知っている人は少ないものです。高学歴無教養ということは、この人間にとって大事なこと、肝心なことをしっかりと修めている人が少ないということです。つまり、人間としての常識がない人、何が正しくて、何が間違っているかの価値判断ができない人が、多くなっているということです。一億総評論家と言われるようになってから久しいのですが、現在の日本は、自分勝手なことを声を大にして叫んでいけば通るような時代かも知れません。悲しいことです。
 古代ギリシア時代に、都市国家(ポリス)アテネにソフィストと呼ばれる一群の学者が輩出したことがありました。彼らは、初め学者・知者・賢者と言われましたが、やがて詭弁家と称されるようになりました。それは、普遍的・客観的な規範や真理は存在しないと言い、各自の考えるところが真理だと言い始めたからです。当然何をしても勝手だと言うことになります。つまり、弁論によっていかに相手を屈服させるかと言うことに終始し、その結果、秩序が乱れ、道徳上憂慮すべき問題が起きてきたといいます。こうした時代にソクラテスが登場し、「無知の知」を説いて、人間にとって最も大切な魂・精神をできるだけ善くし、ポリスの市民として正しく生きるための知識を求めさせようとして活躍しました。今の時代は、こうしたソクラテスの出現が求められているのだと思います。
今の日本は、最高学府を出た高級官僚と言われる人たちの汚職などの犯罪が多くなりました。法を守り遵守すべき人たちの悪事が摘発されるようにもなりました。また、人間の社会的常識がなかなか通用しにくい社会にもなっています。高校への進学率が約九十四パーセントと言われ、そのうち大学進学が三人に一人とも言われる今の高学歴社会で、ますます凶悪な犯罪が増発し、不安感と人間不信が増長しているのはどうしてでしょうか。それは、真の知識の学びが、学校教育で行われなくなったからだと思います。大学受験のためだけの学校教育の在り方が、今ほど問われている時代はありません。「心の教育」の叫びは、こうした状況から生まれ、真の人間教育が求められているのだと思います。
新入生のみなさんは、知を愛する探求心を旺盛にして広く知識を求め、修め、そして、人間にとって一番大切なことは何かという普遍的な真理を、その修めた知識の中から見いだすような、考えの深い〈日本人〉になるように三年間しっかりと勉強してください。
三番目に、「身体強健で勤労意欲の旺盛な国民の育成」について解説します。
創立者田澤先生は、身体を強健にしていくことの意義を、「青年が未来に向かって大きく伸びていく一番基礎条件となる強健な身体こそは、すべての人に与えられた天与の授かりものであり、お預かりものなのです。ここまで育てあげてくれるためには、量り知れない天地自然の恵みと、ご両親の愛情があったのです。それを、もったいないもの、ありがたいもの、たまわったもの、として大切に捧持してゆき、やがて一人一人の後に続いてくる子孫のために引き継ぎ、譲り渡してゆくべき責任ある預かりもの(が身体)なのです。」と、教えています。  
 自分の身体は、自分のものでありながらも、新しい生命を生み出していく責任ある身体です。ここまで自分の身体が育ってきたということは、両親をはじめ、多くの方々のお世話になり、育てられ、生かされてきたという感謝の心をもって大切にしていくべきものなのです。そして、逞しく鍛え上げた身体をもって、汗を尊び、働くことの喜びを感得し、併せて天地自然の恩恵を全身で感じとって、生かされている自分に感謝する心を培っていこうというのが「勤労意欲の旺盛な国民の育成」の目標です。
これら三つの教育目標は、すべて「あらゆる教育活動は〈身心共に健全な国民〉を育てるところにある。身体は健康で、精神は高潔で、しかも、将来の日本を背負ってゆくことのできる人間を育てるところに高校教育の大眼目がある」との、創立者田澤先生の教えに立脚していることは言うまでもありません。
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松風塾高校HPのINDEX
    
大鳳の志を
 「生徒五訓」の前文には、「我等、此の学舎の校風を慕ひ、同袍の情誼を結び、自策自励、國の柱地の塩たらんと期してここに相集ふ」と詠ってあります。みなさんは、見えない糸に引き寄せられて、創立者田澤先生の建学の精神に共感してこの山紫水明の地、神垣の里に相集ってきた人たちばかりです。そのみなさんは、これから切磋琢磨して友情を共に結びあいながら、国家の将来を担い、世を浄めていく人間となるために、自らを鞭打ち励んでいくことを決意し、自らの使命の重さを自覚してください。
 これまで本校を卒業した生徒は、「日本の将来を託してくださった(創立者)田澤校長先生の期待に応えるために、日本の明るい明日を拓いていくためにこれからの人生を、一層努力精進していくことを誓います」と言って巣立っていきました。
 まさに「気宇壮大」であり、ここに本校に学ぶ意味があるのです。このことをしっかり、胸中に秘めて学業に励んでください。
 人生最大の喜びは、「良き師・良き友」(良師良友)にめぐりあうことです。本校は、その源泉です。自ら欲し、堀りさぐれば、いくらでも「良師良友」の泉を掘りあてることができます。それはひとえに自らの意志によります。修学の意義を理解して、その決意を固めてください。国の柱、地の塩たらんと期す修学の大志を、世人が知ってくれなくても、一人でも敢然とその大志にたち向かい、不動なる信念を確立してください。そして、自らがみえざる神手に導かれ、選ばれて本校に入学してきたという使命の重さを自覚してください。そして互いに励まし、切磋琢磨し、三年間の修学を全うしてください。
 みなさん一人一人には、み神に選ばれて本校に入学した天命があります。その天命を三年間で見出し(知命)、その天命を実践してゆく力を(立命)を養ってください。今の日本は、その天命を自覚し率先躬行する実践者を待望しています。その期待に応えるために、みなさんはこれから「大鳳の志、焉ぞ燕雀の知るところならん」と日々朗唱し、本校建学の精神を人生の支柱とする人になってください。みなさんには、その一人となる重責があるのです。そのために本校に入学してきたのです。その志を抱き貫く人であってください。
 古人は、これを「一以て之を貫く」と教えました。私たちは、その一以て貫く人間教育のために全力を尽くし、みなさんに体当たりしてぶつかっていきます。私たちから汲みとれるだけ汲みとり、自己の新たな創造・形成に青春を燃やしてください。そのために創立者田澤先生は、五つの実践項目を本校生徒に提示してくださいました。それが「生徒五訓」です。
 一つ目は、「静修」です。静修とは、「心を落ちつけて勉学にいそしむ」意です。学校は諍いの場ではありません。教師と生徒がそれぞれに和合し、教師には「教える誇り」、生徒には「学ぶものの喜び」が堅持されなければいけません。教師は教師で、生徒は生徒で互いに研鑽し、互いに進歩向上してゆく喜びをわかち合っていく場が学校です。そこに心が通い感動の教育が展開されるのです。
 以下は、先の訓示で説いた創立者田澤先生の解説です。

「生徒五訓」の第一番目は、「静修」であります。わたくしが大和山の多くの信徒方に呼びかけてこの学校を開いたのは、金持ちの特定の人が資金を出し、学校を経営して金儲けのために計画したものではなく、青年の心魂を浄める修行の場としたかったのであるから、この学校では、生徒同士の間にも、生徒と教師の間にもトラブルがなく、いつでも「静修」、即ち「心を落ちつけて学習する場」であってほしいのです。諸君は、或る者は大和山の信徒の家庭に育ち、林間学校で勉強し修練し(法縁)、或る者はこの学校の卒業生や在校生から聞いてこの学校を選んだ(学縁)のだから、上級生下級生の間には春風のような和やかさがなくてはなりません。上級生だからといって威張りくさって下級生をイジメたり、悪意をもってシゴイたりしてはなりません。上級生だって、一年前二年前には今の新入生と同じことで、東も西も分からず、何をどうしてよいかも分からずおどおどし不安がったのです。それをよく思い出して温情をもって指導してやる友情がなくてはいけません。下級生は、上級生を尊敬して思い上がったり軽蔑してはなりません。わたくしはイジメやシゴキを厳しく戒めておるのですが、たまには校長の心を理解しない者がありました。わたくしはそれが分かると厳重に処分しました。また教師に対して反抗することは絶対に許しません。教師は教える立場、生徒は習う立場であります。ことに本校教師の大多数は、同じ信仰の仲間として、奉仕活動を深く胸にひめて諸君を指導してくれますし、この学校をもっとよくしようと、諸君の学力を高めることに人一倍心を砕いておるのですから、それを忘れてはなりません。

 二つ目は、「礼節」です。親しきなかにも礼儀ありとは、古くから伝わっている徳目ですが、創立者田澤先生は「学業の鍛錬において厳しく触れ合い、日常の行動においては温かく交友せねばなりません」と、教えました。そのためには、礼節が堅持され、紳士淑女としての行いが体得されねばなりません。服装、坐作進退においても気品を身に備え、他人の人格を尊重する気風を堅持しなくてはなりません。その相手の人格を尊重する心によって、礼節が保たれていきます。そして、相手から尊重されるには、自らが尊重されるに相応しい人格を備え、その人格が行動となって現れなくてはいけません。それは礼節の形の中から培われるものと信じ、形の中にその形が本来持っている心を体現していってください。それが相手を思い遣る心にもなるのです。
 以下は、先の訓示の創立者田澤先生の解説です。

諸君は他の高校生と違い、出身地をそれぞれ異にしております。勿論、諸君の中にはここ大和山で生まれここで育った生徒もおり、この町の中学校から進学した生徒もおります。しかし、中には入学式に出席するのに、汽車を利用しても丸二十四時間もかかる遠隔の地から、いわゆる「笈を負うて」来た諸君もおります。まだ年端もいかない中学生あがりの諸君ばかりで、わが子を手放す両親にも不安がありましょうし、諸君にも不安があると思います。わが国の国土は南北に細長いので方言も違うし、習慣も違う場合がありましょう。学校の所在地が青森県の山奥であるからといって、聞き馴れない方言で混迷させたり、方言を嘲笑ったり、陰口を叩いたりしてはなりません。わたくしは諸君を紳士淑女として将来どんな職業についても適応するように教育したいと思います。三、四年前の卒業生が県内の大学を出、教員の採用試験を受けたところ、神奈川県内のある都市の小学校教諭に採用と決まりました。この卒業生は県内でも方言訛りの強い地域の出身者でありましたので、なかなか標準語に馴れなかったのですが、この学校の三年間ですっかり方言が矯正され、本人はそれを全寮生活のたまものと感謝して小学校に赴任していきました。また、諸君は、やがて社会人としていろいろの職場に進出し、多くの人と交遊するのですから、いつでも適応できるようにいろいろのマナーやエチケットを今のうちに身につけなくてはなりません。応接が粗野であったり、言葉遣いが野卑であってはどこの職場にも適応できません。その修練も全寮生活の課題の一つであります。男生徒には毅然とした男らしさがほしいし、女生徒には女生徒らしい淑やかさがなくてはなりません。また中性的な生徒にならない訓練も欠くことができないので、「礼節」を守ることによって明るい寮生活を営んで欲しいと願っております。
 
 三つ目は、「清潔」です。これは「純潔」、または「純粋」と言ってもよい言葉です。青年の誇りは「純潔・純粋」であります。その「純粋」は、大人となるに従って失われ易いものでありますから、その「純粋」を最後まで貫き通した生き方こそ、誇るべき人生だと思います。神は清浄なものであり、その清浄さを古来日本人は「清き明き心」(清明心)と言って大切にしてきました。清く正しく美しく生きて、神さまのみ心に適う人となるように努力していきましょう。「清き明き心」は、日本人の生き方の基本でありました。この清らかさを失ったからこそ、今日の世相の混乱・腐敗があるのです。「身の清潔」「心の純潔・純粋」は神さまへ近づく道であります。
以下は、先の訓示の創立者田澤先生の解説です。


 大和山をおひらきくだされたのは、更めて申すまでもなく教祖大和松風さまです。昭和四十一年十一月十八日十二時五十分に八十三歳でご昇天なさいました。教祖さまは世の悩み煩っている人、貧しい人、虐げられた人を助けたいと願われ、ご神力を授けたまえとご修行なさいました。世間とのつき合いを断絶して十二カ年修行に励まれ、身を清め心を鍛錬されました。そして、昭和六年から布教に専念されました。
 その後布教ではいろいろの内容をお説きなさいましたが、帰するところは、ご自分の信心は「自他力本願を旨とする」ということ、そして信心によって「心も太り身も太って、神・国・君と人のため」に尽くさねばならないとお説きになりました。「自他力本願」については今後機会をみてわたくしが諸君に徐々に説明してゆくつもりですから、今は省略するとして「心太らせ身も太れ」との一条がここで関係があるのでそれを説くことにします。われわれが社会生活を全うするためには、身体は健康で心も健全でなくてはなりません。われわれが人間として生きるのには、この肉体を離れるわけにはいきません。その肉体には健全高潔な精神を宿さなくてはなりません。そのことを「身体は正法の容器」と述べました。この身体には「正しい道理に生きる精神」を宿さなくてはなりませんから、「身体は清潔に」保たねばなりません。わたくしは、ここ神垣の里の生活を明るく楽しくしたいと思い立ち、温泉を掘り当てたいと願いました。ある大学の専門家に調査してもらったところ、二五〇メートル掘ればお湯が出るだろう。ただし熱湯にはならないだろうと診断してくれました。そこで掘鑿機械を購入し技術員を養成しました。しかし予測した二五〇メートルでは温度が上がらず、とうとう一、二五〇メートルまで掘りました。資金がつづかず、よそでアルバイトをしては資金を調達しながら継続してもらったので、とうとう十三年もかかり、教祖さまを入湯させたいと思い立ったわたくしの願いはついに成就しませんでした。一、二五〇メートル掘っても熱湯が湧かないので、別の大学教授に再び探査してもらったところ、この地帯はもっともっと深く掘らなくては熱湯が湧かないだろう。しかし、この温泉の泉質(成分)は、この教授がこれまで調査した全国五百カ所の温泉の成分では、ここのほかにもう一カ所しかないほどの有効成分を含む珍しい泉質だから、今の温水をそのまま利用した方がよいと診断してくれたので、少々加温して浴用にしました。諸君には毎日入浴してもらい、同袍の友が、お互いに背を流し合うことも友情の一つであります。おそらく温泉付きの高校の寮はあまり例がないのではないかと思います。しかもこの浴場を「洗心館」と名づけたのは、身体の汚れを洗うのみならず、精神も清潔にしたいと願ってのことであります。精神の清潔を「純潔」といいます。非行をはたらく心、他人の持ち物を欲しがる心、汚い言葉を吐いて他人の心を傷つける心、すべては不純な心であります。この学校も、ほかの学校と同じく男女共学であります。基本的人権を尊重する立場から言えば、男生徒も女生徒も対等平等であります。しかし、まだまだ学習を続けなくてはならない諸君には、その間に厳格なけじめを守らなくてはなりません。精神の不潔と汚点は、消そうとしても消しにくいし、拭い去ろうとしても拭いきれない場合もあるので、身体の「清潔」を精神の「純潔」に通ずるとしておることをよく心に刻んでほしいものであります。

  四つ目は、「和顔」です。「和顔愛語」と言ってもよいと思います。仏教の教えに「無財の七施」というのがあります。「和顔施(やさしい顔)、眼施(やさしい眼差)、言辞施(やさしい言葉)、身施(人に親切にする)、房舎施(空いている部屋を修行僧に快く貸す)、床座施(修行僧に座る席をゆずる)、心施(おもいやり)」の七つの施しです。「無財の七施」は、お金がなくとも、この身体と心をもって他の人に奉仕し、喜んでいただける道です。その中で特に「和顔施」「言辞施」が大切です。人の微笑みは、心に苦痛があればあるほど、心を和ませ、生きる力と勇気を与えてくれるものです。みなさんにもそういう体験があったかと思います。怒ったような顔や、そっぽを向かれたような顔を相手にされたら、それだけで心が痛むものです。私たちは、縁あってここに相集いました。この学縁・法縁を神さまの導きと信じ、大切にしていきたいと思います。そのためにも、私たちはお互いが気持ちよく生活するために、和顔愛語(やさしい顔、おもいやりの言葉)を大切にしたいと思います。
 言葉は、使い方によって人を傷つけ、それが一生の傷となってゆく場合もあります。しかし、愛情に満ちた言葉は、人を蘇生させ、生きる希望と勇気を与えます。言葉は、人と人を結びつける大事なものです。平和は、愛に満ちた真心の言葉によって導かれていくことを銘記してください。また、仏像には慈顔に満ちたものが多いですが、人を慈しむ和顔、その慈愛に満ちた眼差しと微笑みは、人を無言のうちに救っていくものです。どうか慈愛と思い遣りに満ちた「和顔愛語」の人となってください。
 以下は、先の訓示の創立者田澤先生の解説です。

「和顔」とは、明眸皓歯という文字が美人を意味するように、その人柄の美しさを表わします。締まりがなく、いつもニタニタ笑いをしているとか、他人を軽蔑しているかのようにエヘラエヘラ笑いをするのでなく、きちっとした心の締りを内に秘めながら、明るく対応する心掛けであります。何か用事を頼もうとしても、プッと膨れる人には用事を頼みにくいものであります。諸君には、明るい返事、はっきりした応答を心掛けてもらいます。全寮生活では、誰かが暗い顔をしていると、皆がどこか身体具合が悪いのではないか、家庭に心配ごとがあるのではないか、友人関係で心を痛めておるのではないかと心配しあいます。健康上の理由で塞ぎ込んでいるのならば、その胸を寮監にはっきり申し出て静養すればよいのだし、家庭に心配ごとがあるのであればホームルームの教師に打ち明ければよいのです。家庭の都合で学資を送金して来ないならば、くよくよせず担任教師にでも校長にでも隠し立てせずに相談すればよいのです。心に心配ごとがあるとそれが顔に表われます。だから顔は心の鏡といわれます。そしてその明るい心が明るい言葉となるから、昔の人は「言葉は君子の枢機なり」と教えております。「枢機」とは、戸の回転軸という意味で、一番肝心なものの意であります。汚い言葉を浴びせられると、心が傷つきます。渾名で呼ばれると誰だって不愉快です。とくに身体上の欠陥をもって渾名にされると、誰でも心に痛手を感じます。この学校では、生徒お互いが渾名で呼びあったり、教師を渾名で呼ぶ非礼は慎んでおります。わたくしは校長として、生徒のどの一人をも呼び捨てにしません。「和顔」は古来「愛語」と続けて使います。諸君もよく考えて「和顔愛語」を身につけるようにしてください。この習慣を身につけておくと、遠くない将来、例えば就職や入学の面接考査でも大いに得をする場合があります。つい先日も、諸君の先輩が就職採用考査を受けたところ、出身高校の詳しい内容その他が質問されたそうです。特別優秀な生徒ではありませんでしたが、それでも試験官は久々で明るい青年に会ったと喜んでくれたそうです。和顔愛語は、知識ではなく、訓練です。生まれつきではなく習慣であります。いつも明るい面ざしできれいな言葉を守って、いつも心にわだかまりのない青年になってもらいたいものであります。
 このことについて、いつもわたくしが生徒諸君に話すのですが、人は誰でも自分の顔に責任を持たなくてはいけないということです。アメリカが建国された当時、リンカーンという大統領がおりました。彼を支援した人が一人の男を政府の役職に就けてほしいと推薦してきました。しかし、リンカーンからは面接してから幾日たっても採用の返事がありませんでした。俺が推薦したのだから無条件で採用してくれると気負い込んで諾否を尋ねたところ、リンカーンは案に相違し、駄目だ、と答えました。その理由を問い返したところ、リンカーンは「あの男の顔が気にいらない」と答えたと何かで読みました。
 また或る別の人は、「人間三十までは親から貰った顔で間にあうが、三十過ぎたら自分で稼いだ顔をもたねばならない」と教えております。「自分で稼いだ顔」とは、激しい労働によって苦労した深い皺だらけの顔をいうのではなく、その人が努力して蓄えた教養、知的閃き、高尚な趣味を窺い知らせる顔をいうのです。それらは、顔だけでなく、その人の行動や話題話術にも窺い知られるかも知れません。それが自分で稼いだ顔であります。それに反し、親から貰った顔が仮に人並以上で、かつ人並以上に美しい装いをしても、稼ぎ蓄えた内容をもたなければ、その顔は痴呆美と貶されます。親から貰った顔が多少醜くとも、稼いだ顔、磨かれた顔にはそれなりのよさがあります。諸君は今のうちにそこに気づいて稼いだ顔をそなえねばなりません。

 最後の五つ目は「誠実」です。日本人が最も大切にしてきた心の世界は「まこと」です。表裏のない言行心一致一体の正直な心が「まこと」です。神さまは、ただ誠なる心にのみ動くとも教えられています。それを至誠動神と言います。「まこと」は、世界のすべてを動かす力となるものです。人間にとって「誠実」さは、生きていく基本であり、社会生活をおくる場合に欠かせない徳目です。
 日本人は、この「まこと」を神さまに通じる道だと信じてきました。日本人は古来、人を霊止・日止といって、神さまの分霊をいただいたものと考えてきました。神さまの分霊をいただいた日本人は、神さまに通じる道である「まこと」をこの世界に実現してゆくところに生きる意義を発見してきたのです。人間はこうした霊肉一体化した存在である所に人間の尊厳さがあるのです。そのためにも「誠実」な人であってください。それには正直で表裏のない「まこと」をもって生きてゆく人となることが肝心です。そこにこそ「神は、いかなる時も、いかなる人にも顕れたまふ」のです。そして、いついかなる時にも、神さまはわれを棄てたまわずにいてくださるのです。
 以下は、先の訓示の創立者田澤先生の解説です。 

わたくしは、去る三月はじめに卒業した生徒諸君の訓示を「万引」の激増する最近の社会の傾向から書き始めました。卒業生諸君の晴れの門出を祝福する卒業式訓示をこんな汚らわしい事例から起筆する人はあまりないでありましょう。それを敢えてしたのは、小さな犯罪や事件も、誘拐や殺人のような大それた事件も、その発生源は同じ根っこから出ると思うからです。その根っことは、「人の眼を恐れ慮るよりも、み神のご照覧を堅く信ずる心が消えてなくなっておるため」と考えるからであります。もし、君たちの中で、万引きしてつかまらないと、多分うまくいった、しめたと快哉を叫んだり、その場で咎められると運が悪かった、この次はもっとうまくやって成功しようと企んだりすることは、目に見えないものの見通しを信ずるこころが失われ、お前そんなことをしてよいのかと呼びかける、もう一人の自分の声が聞けないから万引きするのです。そういう悪さをする者には、遠くに離れている両親や受持の教師が泣き悲しみ、心も痛めているに違いないと思うこころが欠けているから、万引き出来るのです。わたくしたちは、その人だけがもっている、何ものにも代え難い人となりをもっています。それを人格とか品性とかと名づけるのですが、それは「身口意」の三業、即ちいっさいの行ない(身)と、言うこと(口)と、心に思うこと(意)とが一致一体である人を言うのであります。もちろん、その内容は不潔なこと、人間として、してはならないことが一致一体であっては悪人でありますが、この場合にはその反対に、善いこと奇麗なことの一致一体の意でありますから、人前だから人が見ているからと思っての三業でなく、誰が見ておってもおらなくても、すべきこと、してよいこと、してはいけないことを弁えておらなくてはなりません。誰かが見ていると思うと、その目前で悪事や非行をはたらく者はめったにありません。もっともグループで悪事・非行をはたらく者を悪党といいます。悪人はとかくぐるになるからこの文字があるし、善人はどうしても一人一人が目に見えないものを慮るのでぐるになりにくいせいか、いみじくも善党という文字はどこにも見当たりません。善事にはげむ者は、いつも『孤独』であるのを表わしておるのかも知れません。
宗教の立場でいうと、これ見よがしに善事にはげむことを嫌います。宗教を信ずるものは、神は目に見えないけれども、「見えざるにも報いたもう」と信じて疑いません。陰徳陰報とも因果応報とも教えてあります。ある宗教ではそれを「ふせこみの理」と教えてあります。「伏せこみ」とは種子を播いても覆土、即ち土をかけないと芽を吹かないという意味であります。これ見よがしにする売名的な行ないはよくないと教えています。日本人は昔から「情けは人のためならず」と教えております。困っている人に親切にしてやると、その功徳はいつの日にかめぐりめぐってやがて自分に返ってくるという意味であります。
 ある大学の入試問題にこの諺が出題され、その解説を書けと問われたところ、答案の中に、他人に親切にすることはその人の不為であるから他人には親切にするには及ばない、と書いた答案があったそうです。これはこの諺の裏の意味を理解しない読解力の不足を表わしておりますが、それは今の日本人の通弊であり教育の欠点を言わず語らずの裡に暴露しておるのであります。即ち、人目につかずともしてはいけないことはしないし、せねばならないことは誰も知ってくれなくてもする、という心事が軽んじ忘れられているからです。わたくしが中学生であった時に、『十八史略』という中国の古典の講読で、ある人が賄賂を提供し、便宜をはかって貰おうとしたところ、その役人が「天知る、地知る。我れ知る、汝知る」と言って断ったという故事を習った記憶があります。たった二人きりしか知らないからと思ったところ、この高潔の士は誰も見ておらなくても、天が知っているではないか、大地が知っているではないか、わたしが知っているしお前も知っているではないか、と言って毅然と拒絶したというのであります。それが「生徒五訓」の「誠実」の意味するところであります。
わたくしたちの全寮生活では、「形なき神にはあれど返すぞよ 人が尽くせしその力には」と皆が信じあっております。ごく小さな毎日の生活の中で、たとえば毎日の入浴でも、めいめいが使った湯桶はきちんと整頓しておけば後に入浴する人は気持ちがよいのです。トイレのスリッパにしてもきちんと脱いでおくと後に用足しをする人も気分がよいし、廊下を歩行する時でも、抜き足摺り足ほどでもなくても、強いて乱暴な歩き方をしないようにします。塵紙は芥箱に入れて清潔にしておくと、掃除当番がそれだけ楽になります。やがては諸君が入浴してもトイレを使用しても掃除当番をしても、それだけ気分がよいし、作業が楽になります。即ち一人一人の小さな行ないがやがてめいめいに返ってくる。これを「生徒五訓」では「誠実」と説いたのであります。そんなつまらないことは分かっている。そんなことはつまらないと思わず、目に見えないけれども、み神のお見通しに恥じないようにしたいものであります。
 次の一文は、『教のしづく』という教本に載っているもので、わたくしたちがいつも朗読するするものでありますから、諸君も熟読してください。

 神のみが知れりと。
 その心の呟きの真実と勇気のまことにこもりてあらば、その教徒は大いなる光につつまれてあらん。人はこれを知らず、人はこれを見ず。されど、神のみ知ればわれに安らひありと、大いなる安らいと力の湧くをおぼゆる教徒の心こそ、まことに、信ずるものの神への信頼と信愛の充ち満ちたるものなるべし。
まこと尽くして言ひ説く言葉わざにも、時には解きえぬ齟齬もあり、誠をこめて尽せし誠心も、時には誤りて受けらるる誤解もあれど、自らかへりみて恥ぢず、自ら尽して尚容れられざる時、信じたるものは、ただ心の頼みとし己れの理解者として、真実を看取る大いなる力としての神の見とほしをこそ頼むべし。
絶望のはて、悲嘆の極み、神のみぞ知ると心に呟くその心の誰れしもが抱けばとて、ただ遣り場なき心のかくれ場としてかく思ふ人のみぞ多き。
己れの真を信じうれば、よし来たりて己れに妨害なす仇やあれ、静やかに歩みを進めうる心ありてこそよし。己の誠を尽し終れば、よし容れられず、倒れなばとて、呪ひももたず、悲しみもなく、尽し終れる安らひに心足り、ほほゑみの、面を去らぬ心ありてこそよし。
神のみぞ知る。神のみぞ見る。神のみぞわれを信ず。その故にこそ、われに安らひありと言へる人の、ああ、その心のいかにおほらかにして、真実にみちたれるぞ。
涙をぬぐふべし。呪いを捨つべし。いたづらに焦りてその心身を消耗なすは愚しきかな。
見えざる神の見たまふを信じ、あらはれざる神の知れるを信じきる信念こそ信の心なり。
神のみが知ると。そこに信頼と真実をこめうるものは、まことに幸ひなるべし。
                     (『教のしづく』一三〇番)

又、次の文章を熟読してください。
神はかく言ひたり。
 汝、一人善きものとなるべく精進せよ。人の世は、その一人のために浄められんと。
 悪魔その次に来りて、その人の耳に囁く。
 汝、一人善きものならんと願ふことの愚しさよ。そも、何ほどのことぞなし得べきと。
 汝一人にても善かれかし、といふは、神の声。汝一人、そも何をなしうべき、といふは、悪魔の声。人はその声を耳に聞きて、常に心迷ふ。
一人、自ら世の浄めとならんことを思ひて、願はくは、わが手の人をうつことなく、わが足の他の平和をふみ乱すことなく、わが言葉の他を罵ることなく、わが心の他を憎しむことなきを念ふ人も、他人の心なくわれを打ち、われを踏み、われを罵り、われを憎しむを思へば、自ら念ふことの、恰も百年河清を待つに等しき空しさを感ずることあるべし。
澎湃たる大海に浮く水泡に似しわれ一人。渺茫たる大空に瞬く星一つなるわれ一人。そのわれ一人、よし教へを行ぜんとして念へどもそも何程のことぞ為し得べきと、人は悪魔の囁きに心傾く。
さらに悪魔は指していふ。
見よ、その隣人の、主我心の命ずるまま、いかに恣に振舞ふかを。又、かの人の、悪を悪ともせず、いかに縦横に駆けめぐるかを。而して、その人はいかに驕りつつあるかを、と。
ああ、されど、人の世には、我一人なる一人を失ひて、ついに光の来ることなかるべし。ああ、神も亦、我一人なる一人を失はば、ついに神の心を顕はす日は来らざるべし。
われ一人にても光のために献ぜんとして、黙々と生き過しうる人は、そも誰れぞ。
われ一人にても、他のために生きんとして、さらに心空しさを感ぜざる人は、そも誰れぞ。
いな、そのために、魂の充足を思ひて精進しゆく人、そも誰れぞ。その人こそ、神のいとし児なるべし。
      (『教のしづく』九九番)

この二つの文章は、大和山の『教のしづく』の一部であります。心をこめて読み、この呼びかけに耳傾けて聴くことにしましょう。そして、み神の「めでし(愛)児」になろうと誓って日々の三業(身口意)を慎みましょう。

これで本文を終わります。そして、このあとの短い一節が「生徒五訓」のむすびです。
わたくしたちは、見えざるみ神に手引かれ、教祖さまのお徳に引かれて(法縁を忝なみ)ここに集まった仲間であり、この学校を開設した、わたくしとわたくしを援助してくれる多くの人たちと同じ願いの下に、同じ理想を目ざしてゆく同行となるのです。ただの仲間ではないのですから、友情をもちあい、兄弟姉妹の心をもって、教師たちの教えることに耳を傾けて聴き、一生懸命努力(自彊)して怠ってはなりません。一人一人が、磨けば光る素質を内に宿しているのだから、自分自身を引き緊め(自策自励)、後悔しないように一日一日を大事にして、この学校を選んだ志(初心)を忘れないようにしてください。やがて祖国日本を支える人(国の柱、地の塩)となろうと、心に期してほしいのであります。
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 3  平和の願いのために
  ―「古切手による平和の手紙運動」について―

 最後に本校二階礼法室の襖に創立者田澤先生がご揮毫されている、中国の思想家、王陽明の詩を紹介します。

  起向高樓撞曉鐘 起って高樓に向かいて曉鐘を撞く
  猶多昏睡正懜々 猶多く昏睡して正に懜々
  縦令日暮醒未遲 縦令日暮れて醒むるも未だ遲からず
   不信人間耳盡聾 信ぜず人間の耳盡く聾なるを


 この詩の意味を創立者田澤先生は、「誰かが早朝鐘楼に上がって暁の鐘を撞いても、ほとんどの住民はなお深い眠りに耽って音を聴かない。聞くもののおらない朝早くに起きて鐘を撞くのは無駄骨折りのようだが、わたしはそうは思わない。世人の総ての人が耳が不自由であるわけはないから、早暁に聞かないで、昼になって目が醒めてもよいから、わたしは黙々と祈りをこめ願いをこめて今朝も心の覚醒を促す鐘を撞く」という主旨であると、教えてくださいました。
 創立者田澤先生が、王陽明のこの詩を特に好まれ、礼法室の襖にご揮毫なされたお心が、私には痛いほどに伝わってきます。どれほど日本と世界の現状を憂い、そしてどれほど松風塾高等学校に寄せる期待が大きかったかを知ることができるからです。平和への道のりは、果てしなく遠いものですが、平和を求め、平和のために歩き続ける人がいる限り、必ず実現できると信じたいと思います。
 本校は、「ローマは一日にしてならず」「千里の道も一歩から」という諺に倣って、人類普遍の真理を求め続けていく人材を育成する青年道場でもあります。このことを私たち教師は誇りに感じ、教育活動を行っています。
具体的には、「五十年先の後輩のために」という「古切手による平和の手紙運動」を実施しています。
 この運動は、本校が創立十周年を迎えた記念事業として建立した「平和祈念塔」の落慶除幕式が行われた昭和五十八年四月八日からスタートしました。
きっかけは、昭和五十六年十一月初旬に、インドのニュー・デリーで開催された第二回アジア宗教者平和会議に参加なさった創立者田澤先生(初代教主さま)が、その会議でテーマとなった「宗教と平和のための教育」の分科会に出席なされ、「平和と教育は、別々に並べて考え、どこで結びつけるかという考えでなく、教育そのものが常に平和に対する願いをこめておらなければいけない。それに向かって教育活動が展開するようでなくてはいけない」と訴え、多くの方々の共鳴を得たことに端を発します。創立者田澤先生は、その後、台湾にゆかれ、球体の大理石を注文され、「平和祈念塔」を建立なさったのです。
太陽堂の丸窓から拝するようにした「平和祈念塔」は、直径三尺三寸三分の地球儀を型取り、「三三三の世」が来るように、松の世・神の世の世界平和が実現しますようにとの願いがこめられてあります。
 「三三三の世」とは、本校の母体である教団を開かれた教祖さまの、世界平和にたいする悟りです。球体の向かって左側には日本と台湾・韓国・中国を表す薄緑の模様が、真ん中の白は太平洋で、右側の薄緑の模様はアメリカ大陸を表わすようにしています。
球体下にある二本の柱は、地球儀を合掌する手で支えているように型取ってあります。互いに相手を拝みあう心がなければ平和は招来できないということで、二本の柱で合掌の手を象徴し、その高さも三・三メートルです。また、地球儀の頂上から合掌の柱、そして古切手を収納する部屋までの全体の高さは、六・六メートル、約十二尺となっています。この数字も、教祖さまのお悟りに由来し、神業達成には六十六年かかるということからのものです。そして、教祖さまが十二カ年の忍苦のご修行で、「身の修行を念じつつ、神国君と人のため、世界人類万物の幸を祈りて滝の中」と祈られた立教の精神を象徴しています。
 その下に「使用済み切手」と「平和の手紙」を収納する部屋を建てています。部屋の基底には、九角形の張石をしてあります。それは、教団の神紋である九曜の紋を型取ってのことです。創立者田澤先生は、この九曜の神紋に支えられ守られて、地球上の人々が平和になりますように、我も人も共に生き栄える世となりますようにとの願いをこめて、設計しました。しかも、箱の部屋の縦・横・高さの長さは、一辺三・三メートルの正方形となっています。そして、道路から平和祈念塔の箱の部屋までの階段は、十二階段となっていました。今はその階段はなくなりましたが、平和祈念塔の設計のすべてが、教団の立教の精神を反映しているのです。
 創立者田澤先生は、落慶除幕式の時、「私は、平和に寄せるわが祈り、わが願いを、この学校で勉学・修業するすべての後世の人たちにも継承してもらいたいという、息の長い願いをこめて、この平和祈念塔を建てました」とお話しくださいました。そして、「毎日の朝会で、太陽堂の丸窓から平和祈念塔を遥拝して、人類の幸せのために奉仕する心構えを、生徒たちの心に刻みこみたい念願をもって建てました」ともお話してくださいました。この平和祈念塔にこめられた創立者田澤先生の願いを、五十年後、百年後までも継承していくのが、本校教職員の務めであり、生徒の皆さんの勉学に励む目的でなくてはいけません。教育そのものが常に平和に対する願いがこめられていなくてはならないという、創立者田澤先生の願いを継承する皆さんであってください。
 この平和運動の具体的な活動として、「使用済み切手」の収集と整理を行っています。全校生徒の奉仕活動として一年がかりで行ったものを、茶箱に入れて平和祈念塔の保管庫に収納し、五十年後に開封しようというものです。その時に開封した「使用済み切手」は換金し、そのお金を世界の病める人々に役立てようという平和活動です。「使用済み切手」の収納式では、三年生全員が五十年後の後輩に「平和の手紙」を書き、それを一緒に収納します。そして、五十年後に開封した後輩たちが、五十年前に母校で学んだ先輩が託してくれた「平和の手紙」を見て、その思いを継承してくれるように願っています。
 この平和運動が存続する限り、平和を願う思いは永遠に継承されていきます。そして、この平和運動によって人類に平和の希望を与えることになるという創立者田澤先生の遠大な理想は、本校の大切な精神的遺産であります。
 私たち後世の者は、この平和運動をしっかりと守っていかなくてはなりません。それが本校に学ぶ生徒の皆さんの使命であり、本校教職員の使命でもあります。
アメリカ・インディアンは、七代先の子孫のことを考えて行動するといいます。今だけがよければいいというのではなく、後々の子孫が安心して生活できるような環境を遺してやれるように今を生き、生活するというのです。何と遠大でしょうか。現代人は、大いに学ぶところがあると思います。地球的規模で起こっている自然破壊による環境汚染は、今だけの利益を求めた報いであります。子孫に申し訳ないことだと思います。
 私たちのいのちは、神さまに源を発し、祖先からのいのちの流れ、つながりの中に誕生し、更に子孫の新たなるいのちを生んでいくためのものであります。この厳粛ないのちの流れを忘れて生きていくことは、祖先と子孫に対する冒涜であり、人類に対する冒涜でもあります。このことをはっきりと人生観に定め、生きる意味を求める人であってください。また、本校では、「校訓」の「ヨクスル」の項で述べたように、毎月十八日の朝食を献納し、その浄財を本校の母体である教団の世界平和運動に献金し、協力しています。
 どうぞみなさんも、こうした平和への願いを持ちながら生活してください。そして理想を持った本校の教師の指導に素直に従い、教えを受けてください。素直な心は、吸い取り紙と同じで、教えられる事柄一つ一つをどんどん吸収して、新しい自己を形成させていきます。その素直な心こそがみなさんを大きく成長させてゆく糧となります。
 この「校訓」「教育目標」「生徒五訓」の解説をもって、学園理事長の新入生に贈る訓示とし、みなさんが悔いのない三年間の学校生活を送ることを祈念します。

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4  日本人の健全な精神育成のために

 日本は、昭和二十年八月十五日にポツダム宣言を受諾し、終戦を迎えました。そして、GHQ(連合国軍総司令部)の占領政策のもとで、昭和二十六年の対日講話条約が結ばれるまで、支配されてきました。その後日本は、昭和二十七年から新生日本として再出発し、国際社会に復帰したのです。しかし、この間に、占領軍は、日本弱体化政策を敢行し、日本人の精神・愛国心となる大和魂をなし崩しにしようと試みました。具体的には、教育勅語を廃止し、日本人の道徳心の拠り所を失わせてしまったのです。その結果、日本国民としての共通のモラル・道徳心の欠如を招いてきました。
 更に、神道指令がだされたために、学校教育からは、神道の思想が払拭され、宗教教育が実施できない状況となってきました。そのために、学校教育の現場では、宗教教育が実施されることなく五十年余経過し、日本国民から見えざる神に対する畏敬の念が失われてきました。つまり、結果的には、宗教心を失った国民が学校教育現場から社会に輩出されることになったのです。それが、現代日本の精神の荒廃を招き、精神の焼け野原を招いてしまったのです。
本校では、こうした事態に対応し、是正し、日本人の健全な精神の育成を図るために、そして、日本人の伝統的精神の徳目を継承・伝承していくために、教育勅語を奉読し、その精神を大切にしていこうとしているのです。創立者田澤先生の徳育教育の理念と、教育勅語に込められた精神を正しく体得してくれることを期待します。

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