ブナと話をする樹木を描く画家、櫻田勝子さん             

  太陽堂の後ろの壁に飾ってあるブナの絵は、宮城県にお住まいの信者さんで、画家の櫻田勝子さん
(七八)が描いて下さったものです。本部から西へ二キロほど離れている不動滝の辺りから、山の道を上がっていくと大和山所有の山林の境界線辺りに着きます。その辺りの林に成っているブナの大木を描いたのが、あの絵だそうです。その辺りの林の奥には、白神山に見られるようなブナの大木があるんですよ。私は、以前、ブナが繁っている林を見に行ったことがあります。白神山のブナも見たことがありますけども、大和山の山林に生息しているブナも、なかなか立派でした。
 その櫻田さんは、今は直轄の信者さんで、ブナを主体にして自然画を描く日本画家です。九月九日午後に、本校を水谷富三郎・宮城将監支部長夫妻と一緒に訪問してくれました。
  櫻田さんは、初代教主さまによく愛でられた信者さんの一人で、大和山本部にも、そして、松風塾にも絵をご献納して下さいました。それが太陽堂の後ろの壁に掲げてあるブナの絵です。
 先日、そのブナの絵を描いてくれた櫻田勝子さんが、自分で描いた絵を見るために来校して下さったのです。あのブナの絵を再度描き、自宅に飾っておきたいというのです。
 その時、色々案内させていただき、色んな話を聞くことが出来ました。それをお伝えしたいと思います。
 櫻田さんは、幼い時から樹と共に生きてきたそうです。同行の水谷支部長が購入したブナの絵は、幹を苔が被い、それは美しいブナの姿となって描かれている画だそうです。しかも、樹の表皮を被った苔には、観音さまが座っている様な姿が見えたり、竜の落とし子が道の中で腰をかけているような姿に見えたり、白い帽子をかぶった天使の姿に見えたりするのだそうです。それがそのままブナの絵に描かれているそうです。
 他にも、樹木の絵には、小動物や子供の姿が一杯見える絵もあり、展示もしているそうです。そうした絵を展示会で展示した時は、子供がその絵の前で立ち止まり、じっと見ていて、母親にその絵を買って欲しい、とねだって大変だったこともあったそうです。その絵の 大きさは180と210の絵で(畳二枚分の大きさで、150号大)、値段も大分張るものでした。子供のために購入するような絵ではなかったのです。
 櫻田さんは、絵は生きているので、画いた絵を粗末にする買い手からは、買い戻してもくるそうです。ある時、大崎市の美術展示係の人が櫻田さんの絵を購入し、その後、絵を粗末にしているのを見たので、返却するように申し出たそうです。すると、「八百万円で買い取れ」と難題をぶつけてきたので、市長にことの次第を手紙に書いて返却を申し出たら、無事返して貰ったこともあったそうです。
 櫻田さんが描く樹は、描いた後に二、三年で樹の寿命を終えるというのが、これまでの事例だったそうです。水谷さんもそう仰っていました。長生きしてきた最期に、自分の寿命を感じる樹は、不思議にも櫻田さんを木霊で呼ぶようにしてメッセージを送って呼び寄せ、画を描いて貰い、そして、二年後に安心して寿命を終えていくというのです。樹木は生きている、と櫻田さんは、そう言い切っていました。
 櫻田さんは樹と共に生き、樹の声を聴き、樹の絵を描いてきたし、今もそのようにして樹の絵を描き続けています。描かれた樹は、絵画として永遠に生き続け、櫻田さんと会話をしながら展示場に展示され、多くの鑑賞者に見守られながら生き続けていると、仰っていました。
 櫻田さんは、現在、日本画の教室を二つ開いており、十月には福島の裏磐梯で樹齢五百年の樹の描写を依頼されているそうです。依頼者は、福島の出身で、宮城で手広く事業を興している社長さんだそうです。
 初代教主さまからは、「あなたの画業の弥栄を祈念しておきましたから」と、晩年お手紙を賜ったそうです。そして、「ブナの絵を描き続けるのが良いね」とも仰っていただいたそうです。櫻田さんは、「こうした初代教主さまのみ守りの中に今も在ります」と、感謝しながら画業を続けられているというのです。
 こういう櫻田さんですので、櫻田さんは、太陽堂であのブナの絵と向かい合ったら、ご自分の描いた絵を見ながらその絵に深々とお辞儀するんですよ。そして、絵と向かいあってお話なさっているんです。
 あのブナを描く時は、山の中へ入って行き、散策しながらブナと出会ったら、「これがいい」と直感されたのだそうです。そして、写真に撮って帰られ、絵のイメージを膨らませながらご自分の仕事部屋で描かれた絵なのだそうです。写真に映ったブナの木は、描かれたブナよりは、もうちょっとやせていました。
 そのブナの絵を描くときは、写真に映ったブナと色々と心を通わせながら、この辺はもうちょっと逞しくした方がいいかな、というように描いていき、あの絵のようにどっしりと風雪に耐えたブナとして完成させたのだそうです。それが、あのブナの木の希望なのだそうです。ブナと心を通わせ、ブナの希望を聞きながら描いた絵が、あのブナの絵なのです。
 あのブナを描くきっかけとなったのは、田澤康三郎・初代校長先生からお願いされたからです。だから、本校にお寄せ下さったのです。
 櫻田さんは、松風塾で学ぶ生徒さん達が、あのブナの木のように、風雪に耐えて逞しく育っていって欲しいという願いで、絵を描かれたそうです。その願いは、あのブナの願いでもあったそうです。櫻田さんは、あの木からそのことを聞き取り 、そして絵に描いたのです。だから、櫻田さんは、「樹は生きている」と断言されるのです。
 大和山には親和会という組織があります。主な事業は、比叡山の回峰行者が履く行者わらじを編んで献納すること、菜の花栽培から手掛けて菜種を収穫し、それを搾油して「千年油」として比叡山に献納することです。以前は、出稼者の人達が、教主さまから祈願符を下付していただき、安心して勤労活動が出来るように祈願符を賜るのが主な活動でした。
  以前私は、教団の「無盡燈」の編集を担当していた頃、親和会会員のところへ訪ねて行き、取材したりもしていました。そして、津軽の農家をやっている人達から、色んな話を聞くことが出来ました。その一つに、「田んぼへ行って稲と話できる人がいるよ」ということもありました。また、山で仕事する人で、「山の木と話をする人もいるよ」という話も聞いたことがあります。田んぼを行くと、稲が今何を欲しているかが、稲から聞こえてくるというのです。農家の専門家は、そういうところまで心境が研ぎ澄まされていくんですね。山で木を伐る人も、山に入っていくと、その木が今何を欲しているかという木の声を聴くことができるというのです。
  櫻田さんも、ブナの木を中心に描く画家としての道を歩かれ、ブナの声を聴き取ることが出来るといいます。だから、「ブナは生きている。樹は生きている」と仰います。そうして、櫻田さんは、ご自身が描く被写体のブナと会話を続けながら、絵を描き上げているんですね。凄いと思いました。
  櫻田さんが日本画の勉強を初められたのは、四十四歳だそうです。五十五歳で河北美術展(全国展)に三回目の受賞で、招待作家となられたそうです。この年には、日本美術院に初入選もされた。作品は樹木が多く、特にブナの古木を題材にしている女流画家です。日展・日本美術院展覧会に出品し、これまで入選を十一回も重ねています。この展覧会に入選するのは、日本画家の中でも難しく、宮城県でもこれまで五名ほどしか入選していないそうです。櫻田さんはその入選者の中でも最高の賞を得ている日本画家だそうです。
  櫻田さんが、上野の森美術館に秋の院展で初入選したご自身の絵を見に行った時、会場で声を掛けて下さった方がいたそうです。その方が櫻田さんの絵をご覧になって、是非、東京の私の教室で勉強してみないかと声を掛けてくれたそうです。その方は、のちに分かったようですが、文化勲章を受章された福王寺の法林先生でした。
 それから、法林先生の元で二十年間、月に一度東京へ通って絵の勉強をされ、今の櫻田さんが在るのだそうです。
  法林先生からは、「絵は見たままでなく、想像力を紙に表現することが大切である。見たままを描くのは、写真と同じだ」と教えられたそうです。そして、「その光景から被写体が何を語っているかを聴き取り、表現することが自然画の大事な所でもある」とも教えて貰ったそうです。
  櫻田さんが描く絵には、そうした想像力によって描かれた不思議な姿が、映し出されていることが多いそうです。意識してそう描くのではないのですよ。描き終わったら、その様になっていることが多いというのです。櫻田さんは、絵を描くときは「描かされているような感じになって描いている」とも仰っていました。
  皆さんも、これから太陽堂のブナの絵を見る時は、絵の前に立って「風雪に耐えて、逞しく生きよ」というブナの願いを聞き取れるようになって下さい。ブナは、語りかけているのですから。
  今日は、皆さんに坂村真民という方の詩を配布いたしました。読んでみましょう。
    木や草と人間と
    どこがちがうのだろうか
    みんな同じなのだ
    いっしょうけんめいに
    生きようとしているのをみると
    ときには彼等が
    人間よりも偉いとさえ思われる
    かれらはときがくれば
    花を咲かせ
    実をみのらせ
    じぶんを完成させる
    それにくらべて人間は
    何一つしないで終わるものもいる
    木に学べ
    草に習えと
    わたしはじぶんに言いきかせ
    今日も一本の道を歩いて行く
 心に沁みる詩でしょう。日本人には、山川草木悉皆成仏という考え方があります。全てのものに命があると考えてきました。その自然の中から、人間が生きて行く道筋を感じとってきました。それが日本人です。
 真民さんの詩から、人が生きるという意味を感じとって貰えればありがたいです。
 この詩のように、人には、何一つしないで終わる者もいるという。心を清澄にし、「木に学べ、草に習えと、わたしはじぶんに言いきかせ、今日も一本の道を歩いて行く」というように、周りの景色に目をやりながら、自分の生き方を自然の中から汲み取っていけるように心を深めていって下さい。今日は一年生が最初の演奏会、三年生は最後の演奏会です。二年生は、今まで練習してきた成果を遺憾なく発揮し、皆さんの心が会場に伝わって行くような演奏会にして下さい。画家は、絵から声を聞くことができます。皆さんも、心の中に思っている願いを、演奏を通じて会場に響かせていくことが出来るはずです。そう思って、今晩の演奏会を頑張って下さい。
                                ( 2014.09.19)