自分の花を咲かせよう  
                       
 今日は、午前十一時から高体連の開会式ということで、選手以外は青森の会場へ出発します。開会式へは、私もここ二、三年ずっと出席しております。
 すがすがしい他校と応援のやりとりが、若い熱気で会場を包んでくれます。いいなあと思って、見学させて貰っています。
 今日は応援団の指示に従って行動して下さい。松風塾高等学校は生徒数こそ少ないですが、声を腹から出し、心を込めて応援合戦に臨んで下さい。先日、応援団の研修会の様子がテレビのニュースで報道され、クローズアップされていました。松風塾の応援団は、最後に放映されていました。そして女子応援団長のコメント、男子の応援団のコメントが、アップで映し出されました。カッコ良かったね。
 さて、今日は、非常に心にしみじみと感じる文章を見つけたので、配付しておきました。
 「自分の花を咲かせる」という文章です。読んでみます。
 人は皆、天からその人だけの真実を授かってこの世に生まれてくる。その真実を発揮して生きていくことこそ、すべての人に課せられた使命である。自分の花を咲かせるとは、この真実を発揮して生きることに他ならない。
 心に沁みる文章です。「人は誰でも、神さまから、天から、望まれてくる。だから、あなた自身の花を咲かせて生きて行きなさい」と、祝福されて生まれてきたんですね。
 マザー・テレサの「死を待つ人の家」の中にもあります。路上生活者で誰からも相手にされず、ひっそりと死んでいく人達に救いの手をさしのべ、「あなたは一人じゃありませんよ。神さまからのぞまれてこの世に生まれてきた人ですよ」と言葉をかけ、天国に送る活動を続けた人がマザー・テレサです。そのホームが、「死を待つ人の家」です。
 そのマザー・テレサと同じような言葉を使い、生きる力を、意義を説いてくれる筆者は、次のようなお話もしております。
 昔、ある人にこういう話を聞いた。オリンポスの神々が集まり、「幸せになる秘訣をどこに隠したら、人間がそれを見付けた時にもっとも感謝するか」を話し合った。「高い山の上がいい」「いや、深い海の底だ」「それよりも地中深く埋めるのがいい」と議論百出。すると、一人の神が「人間の心の奥深いところに隠すのが一番だ」と言い、全員がその意見に賛成した、という話である。
 なるほど、と思いました。「人間の心の奥深いところに隠すのが一番だ」というのは、自分で幸せを見つけなくちゃ駄目だということですね。幸せは人に見つけて貰うものじゃない、自分で見つけるものなんだということです。それは、自分の心で感じるもの、自分の心で見出すものです。
 幸せは自分の心の奥深くにあり、自分の花を咲かせるのも、心の中にその花があるということです。
 確かに、どんなに物質的に恵まれても、家庭で親子が、兄弟姉妹が、争っていれば幸せじゃないですね。皆の心が和し、許し合って、仲良く生きている家庭が一番幸せですね。
 その心の奥底にある幸せの秘訣を発見する道筋は、どうすれば発見できるかというと、三つの道筋があるというのです。
 一つは、「自らの命に目覚めること」だそうです。それは、私が今こうして生きているのは、両親がいたからであり、その両親にも両親がいたからであり、それが連綿と続いて、今自分がここにいるということを知ることです。
 大和山の教えには、私達の命は神さまに源を発し、そして、私達の祖先の連綿とした命の?がりの中にあって初めて今の私の命がある、ということが教えられています。こうした命の厳粛な流れの中にあって、初めて自分が今ここに生きていられるわけです、自分の力ではありません。この現実をしっかりと認識し、感謝し、そして、後に続く子孫へ命を繋いで行くことが私達の責任でもあります。途中で、その組合せが一つでも狂えば、今ここに生きている「私」はいないんです。その不可思議さに感謝です。だから、自分の命は自分だけのものではなく、それは両親がいたからであり、連綿と続いてきたご先祖の命の流れがあったからなのです。自分の命は、祖先から受け継ぎ、与えられて今ここにあるということに目覚めていくことが幸せの秘訣なのです。
 「俺の命は俺のものだ。どう使ったって自分の勝手じゃないか」というのは、不幸のもとです。人生は一度しかない、あの世なんかあるもんか、と言って好き放題のことをする人が増えてくると犯罪が増発してきます。今の世の中、そんな人が多いような気がします。目を覆いたくなるような殺人事件が、次から次へと発生している世情ですから。こうした風潮を是正する一人になろうというのが、本校の教育目標でもあります。
 二つ目として、「一つのこと」を見つけることです。
 皆さんは、高校生ですから、今やるべきことの中から、これをやるぞ!ということを見つけることです。皆に共通して言えることは、「やるべきことの一つ」は、勉強することです。あとは部活があるかな、音楽かな、それは人それぞれでいいと思います。
 自分にとって、「これを大事にしていくぞ」ということを見つけることです。自分の為すべき一つのことを見つけることです。
 大人になれば、それが一つの仕事ということになります。自分がこれだと思うようなことを見つけるのですよ。
 三つ目は、それを見つけたら、「その為すべきことに本気になること」です。
 今日は、応援団の檜舞台だから、今まで本気になって練習してきた成果を、自信をもって披露しなさい。他校の応援団だって、皆本気になって練習を積み重ねてきたと思います。その本気度が今日は試されるでしょう。本気になって、やってきた者同士がぶつかり合う場がスポーツです。何でもそうですね。受験だってそうだ。いい加減にやっていい加減に受験すると、いい加減な結果しか出ません。何でもやるべきことは、本気になって取り組むことです。
 資料の下段にある坂村真民と相田みつをの詩を読んでみましょう。
   本気になると 世界が変わってくる 自分が変わってくる 変わってこなかったら まだ本気になってない証拠   だ本気な恋 本気な仕事 ああ 人間一度 こいつを つかまんことには。(坂村真民)
   なんでもいいからさ 本気にやってごらん 本気でやれば たのしいから 本気でやれば つかれないから    つかれても つかれがさわやかだから。(坂村真民)
 こういう詩もあります。
   プロというのは寝ても覚めても仕事のことを考えている。生活すべてが仕事。そこが アマチュアとの絶対差   だ。(相田みつを)
   一に求道 二に求道 三に求道 四に求道 死ぬまで求道。(坂村真民)
 一つの道に命をかけた人の凄まじい気迫が伝わってくる。この覚悟と実践なしに自分の花を咲かせることはできない、ということでしょう。
 これらの三つの道筋の他に、最後に、花を咲かそうとする者に天は力も与えるが、試練も与える。その時の心得として、次のことを述べています。
   風雪に耐えただけ
   土の中に根が張るんだな。(相田みつを)
   苦がその人を鍛えあげる 磨きあげる 本ものにする。(坂村真民)
 どうぞ、これらのことを心に止めて、「自分の花を咲かせる」ために、やるべきことに本気になって取り組んでいきましょう。
                               ( 2014.06.05)