生きるとは、心のロウソクに火を灯し続けること  
                       
  今日は、全校生徒が勤労体験学習ということで、稲の苗を運んだパレット洗いをしてくれるということで、感謝申し上げます。よろしくお願いします。
  お米は、日本人の主食であり、日本の伝統的な文化は米文化を中心に造られてきたという説もある程ですから、その米作りの大事な役割を皆さんにも手伝って貰うということですので、心込めて汗を流してきて下さい。
 最近、マスメディアには色んなニュースが報じられています。
 例えば、あのAKB48のメンバーを二十五歳の男が折りたたみ式ののこぎりで切りつけたというニュースが報道されました。岩手で起きた事件ですが、犯人は青森県人です。
 その男は、「人が集まる所で人を殺そうと思った」「誰でもよかった」と、どこかピントがずれているような発言をしています。切りつけられたのは、川栄李奈さん一九と入山杏奈さん一八でした。怪我で包帯をしてる姿が新聞に載っていました。
 この事件のことをインターネットで調べたら、事件後に、AKB48の倉持明日香さん(24)が、
   今までたくさんの先輩方が一つ一つ積み上げてきたAKBの歴史を壊されてたまるか。
   私たちは負けない。
と決意を述べていました。また、
   今でも目を閉じるとフラッシュバックされ、たくさんの人前に立つのが怖くなる時があります。
と率直にその時のことを告白していましたが、それでも
   これを乗り越えて行かなきゃ先には進めないって、口ではいくらでも言えるけど、実際、いろいろな問題があ   ります。でも負けない。
と事件に立ち向かう覚悟を述べていました。
   憶測でいろんなことを言う人、心ない言葉を吐く人がいますが、そんな人間に私たち48のグループ何百人の   夢を閉ざされたくない。だから私達は負けない。
と繰り返し、
   正直、警備のことなど今さら言っても意味がない。時間は止まらないし、戻せない。これからを考えなければ   一歩も踏み出すことができません。ファンの皆さん、私達に力を貸して下さい。支えて下さい。
と前向きな姿勢で、呼び掛けていました。
 たいしたものだなと思いました。まだ二十歳過ぎたばかりの女性が、刃物を持った男性の乱暴な行為を目の当たりにして、しかも殺そうとしていたという男が刃物で切りつけてきたら、人の前に立つのが怖くなってくると考えるのが普通だと思います。でも、そうした恐怖心に負けないで、前向きになって「48グループ何百人の夢を閉ざされたくない」と言い切って、これから頑張っていくと表明しているのですから、やっぱり根性が座ってないと芸能界では生き延びていけないものなんだなと、思いました。これからの人生の参考にして下さい。世の中に出ていく人というのは、そういう強い自分の意思があってこそ初めて成功していくのだ、と思いました。これが、最近の話題として心打たれたことです。
 二つ目は、昨日のニュースです。日本と北朝鮮は、いままで日朝協議をやって来ましたが、拉致問題からは逃げてばかりいた朝鮮側が、これから調査委員会を発足させ、拉致された日本人がいれば、すぐさま日本に返すという約束をした、ということです。
 これは画期的な出来事です。ただ、被害者の方々はそんな約束しても実行されるまで信用できないと冷めたことを言っています。過去にもそういうことが、度々あったからです。
 いずれにしろ、安倍内閣になってからは、北朝鮮に対しては、主張すべきことはきちんと主張し、国民の世論も連動しているということが伝わっていったからであろう、と評価されています。とにかく強い姿勢で自分達の主張を北朝鮮に対してぶつけていかなくては、なかなか通っていかないようです。ただ脅すだけでなく、日本も強く出てきたぞ、というようなことを見せないといけませんね。今までのように弱腰では駄目ですね。皆さんも、北朝鮮の拉致問題については、注目し、成り行きを見守っていきましょう。
 三つ目の話題は、昨年百二歳を迎えた日野原重明先生という聖路加国際病院の名誉院長についてです。その日野原先生が、『大人の休日倶楽部ジパング』
(二〇一三年九月号)の「今月の人」の欄に、素晴らしいことを書いていらっしゃいましたので、皆さんに紹介したいと思います。 
 日野原先生は、一度大和山本部にも講演でおいでになりました。初代教主さまとも対談され、教団機関誌「無盡燈」にも掲載したことがあります。
 温厚なお医者さんで、幼少の頃は病弱だったそうです。二十歳の時に肺結核になって一年間入院しました。だから、医者になってからも病める人の心を分かってあげられる、とこう仰っています。肝心なところですね。
 そして、一九七〇年三月三十一日によど号ハイジャック事件があった時、その飛行機に搭乗していたそうです。当時、日本の赤軍の人達が、国内での革命が行き詰まり、世界革命を計画していたらしいです。しかし、彼らの行動は、次第に敗北が色濃くなったので、北朝鮮へ行き、そこを拠点にしながら世界革命の道付けをしようと考えたらしいのです。
 それで旅客機を、ダイナマイトを身につけてハイジャックしたのです。爆破はしなかったけれど、三日後に乗っていたお客さんは解放され、赤軍は北朝鮮へ向かっていきました。
 その乗客の中に日野原先生が搭乗していたのです。その時、日野原先生は五十八歳でした。もう死ぬかなと思ったそうです。これじゃもう駄目だ、と思ったそうです。しかし、三日後に解放されましたら、人というのは不思議なものですね、そういう事件にあって助かった時、この命は与えられた命だと思ったというのです。だから、これからは、この命を人の為に使おうと決意されたというのです。そこから第二の人生が始まったというのです。元々お医者さんですから、人の為に使ってきたし、これからもそうなのですが、死を覚悟してから生還した体験が、「私の命は与えられたものであり、これからは人のためにそれを使おう」と決意させたというのです。今年、百三歳です。とにかくお元気です。食事は、粗食です。それが長生きの秘訣です。このお写真のお顔は、にこやかですね。百歳に見えますか?とてもそんな風には見えませんね。八十歳を超えたかなと思わせるような若さですね。
 「どういう生き方をすれば、そんなに若々しく生きられるのでしょうか」「その秘訣を、お教えしましょう」と見出しの文にありました。
 日野原先生は、十日に一度、各地の小学校で「いのちの授業」を行っています。「十歳くらいになれば、親や先生が思っている以上に、子ども達は物事を理解できます。まだ、敏感な年頃のうちに「“いのち”とはどういうものかを、ぜひ、話しておきたいのです」と、その思いを述べています。
 そして、小学生達には、「寿命というのは、君達が持っている時間のことを言います。その時間はロウソクのように限界があります。が、そのいのちをどう使うかが、どう生きるか、ということてす。自分のためだけでなく、困っている誰かのためにその時間を使えたら、素晴らしいことだね」。そして、「私がそう話すと、子ども達は本当にわかってくれます。そういうことをきちんと、後の世代に伝えておかないといけませんね」と、大人の責任についても述べておられました。心を込めて、傾聴したいと思います。
 寿命とは、生きてる時間、その時間は、ロウソクのようにいつか芯がなくなってしまえば、消えてしまうと同様に、いつかなくなってしまう。だからこそ、生きている時間を自分だけのためでなく、周りの人達のために、世の中のために使っていこう、という。「よど号ハイジャック事件」に遭遇し、解放された時に、日野原先生は、そのように決意されたそうです。それから百三歳の今まで、そして、これからもいのちを「人のために使おう」と頑張っている。
 ロウソクは、その灯した火によって自分の身をとかし、そして、周囲を明るくしていきます。それがロウソクだし、そこにロウソクの使命があるでしょう。寿命もそれと同じだという。
 自分の命を燃やし、生きている時間を使って、周りの人達のために、困ってる誰かのために、何か役に立てるように使っていこう。それが寿命の意味だという。
 生きることの意味を百三歳のおじいちゃんが、今も小学生達に説いて歩いているそうです。小さい子供のうちから、生きるとは何かと、自分の与えられた命を周りにいる人達のために何か役に立つように使っていこう、と話していくことを自分の使命として、今も全国各地で講演して歩いているそうです。心に染み入るお話です。
 日野原先生が七十歳から心がけていることは、毎年新しい何かに挑戦することだそうです。九十八歳で俳句を詠み始め、九十九歳から筋肉トレーニングを始めたそうです。今も尚、新しいことに挑戦する意欲を持っているそうです。若くても年寄りのように生きている人もいるし、年老いても若い人のように生きている人もいる。
 若いエネルギーのあるその体を多いに鍛えて、周りの人のために、世の中のために使っていこうと頑張っていけば、皆さんは輝かしい青春時代を過ごすことが出来るし、意義ある人生を生きていけると思います。今日は、そういうことを考えながらご奉仕して下さい。午前中で終われば、午後は休みだそうだから、頑張って下さい。
                               ( 2014.05.30)