白人の侵略が始まった、コロンブス新大陸発見の罪   
                       
 今日は三年生が田植えですね。自分で手をかけた苗が、秋にどのように生長し、どう実っているかを楽しみに、その秋の刈り入れを楽しみに、祈りを込めて田植えをしてきて下さい。
 天地自然の恵みによって、生きとし生けるものが生長していくということを体験し、そうした自然の摂理というものを人生の指針とするよう考えながら実施してきて下さい。
 今日は二種類のプリントを配付しました。先週は、下村博文文部科学相が会長を務める「人格教育向上議員連盟」が道徳教育について本格的に取り組み、今後は教育勅語を参考にしながらその案を作り上げていくという方針だ、ということを話しました。今日は、それと関連した資料を用意しました。
 「国家百年の計は教育にあり」というテーマで「致知」(二〇一四年一月号)に掲載された対談です。下村博文文部科学大臣と渡辺昇一上智大学名誉教授との対談です。
 もう一つは、「一年の計は穀を樹うるに如くはなし、最後は人を育てるのは百年の大計にある」と故人が昔から説いてきた資料です。
 資料の「国家の計は教育にあり」のリード文を読んでみましょう。
    終身の計は、人を樹うるに如くはなしという。教育は国家百年の大事業であり最重要課題である。我が国が長きにわたる混沌から脱し、誇りある国家として再び立ち上がるために、今我々は何を為すべきか。現役の文科大臣である下村博文氏と、憂国の論客・渡部昇一氏に、教育を切り口にご対談いただいた。
 お二人の対談の主旨です。
 本校創立者田澤康三郎先生の願いも、今読んだ一文と同じですね。
 終戦後、連合国軍総司令部・GHQは、日本人の精神構造を瓦解させようという意図で教育行政を敷いていきました。具体的には、その施策として日本の教育現場から、日本の神話をなくさせました。
  どの民族でも、唯一根幹とする拠り所は、その民族の神話です。GHQは、日本人の心からその神話を喪失させ、民族の誇り、祖先への誇りを除去しようとしたのです。こうして日本を弱体化しようとしたGHQの政策は、徐々に、しかも確実に、日本を蝕んできています。
  渡部昇一氏は、なぜアメリカ軍が日本をそれほどまでに骨抜きにしようと考えたかというと、日米戦で日本軍の戦い振りが余りに強靱で、死を恐れない日本軍の姿に脅威を抱いたからだと話されたことがありました。その講演を聴いた後に私は、教団の布教活動で黒石教区の各支部を回った時、ある支部長と夕食を共にしながらその話をしたら、その支部長は戦地で戦ってきた経験がある方だったことから、寡黙に「そうだ」と仰っていました。
 必要以外のことは余り話さない支部長さんでしたが、日本軍の強さをそのように話してくれました。
 まさに、それが日本軍だったのだそうです。
 その怖さから、終戦後、日本本土に上陸した連合国軍の一員としてきたアメリカ軍の人達は、日本軍人がまだ隠れていないかを慎重に調査しながら占領政策の準備をしたとも聞いています。
 だから、再び強い日本人を作らない為にどうすればよいかという政策が占領政策として敷かれてきたのです。
 日本人の強さの根幹となっていたのは、日本の神話であり神道思想でした。神話から連なる天皇陛下への忠誠心が日本人を死をも恐れぬ、果敢な日本人に、長い歴史の中で育て上げてきたのです。
  戦後の学校教育では、日本を誇りとする思想・愛国心を培う教育は禁じられ、個人の自由を重要視した教育活動がされてきました。戦後の教育は東京裁判史観によって近・現代史が方向づけられ、日本はアジアを侵略し、残虐至極な行為を各国でなしてきた非道な国民であったと子供達に吹聴されてきました。結果、誇りなき国民を輩出させてきました。
 それが故、教育の場では、大東亜戦争で日本はアジアの人々に多大な迷惑をかけてきたということばかり日教組の先生方が吹聴してきたから、「日本人に生まれなければよかった」などという、変な風潮も生じてくるまでになりました。。
 しかし、今、そうしたゆがんだ国家観を是正すべく、見直しが始まっていると感じています。その意味では配付した対談の内容は、時宜を得たもので、心を躍動させてくれる貴重な資料だと思います。
 そういう時の流れからすると、これからこそ祖先が築いてきた精神文化をもう一度見直し、混迷する日本の社会を打開していく青年を育成していこうという願いで開塾開校した松風塾の素志が、真価を問われることになると思います。
 アメリカの日本に対する占領政策の功罪を考えるのを、一四九二年のコロンブス新大陸発見を出発点として考えてみましょう。
  コロンブスの米大陸到着は、スペイン、ポルトガルをはじめとした欧州白人の世界侵略の始まりで、白人は「鉄砲と十字架」を手に残虐非道な手段で、南北アメリカ、そして東南アジア、アフリカと世界を席巻し、植民地化してきました。このことを踏まえ、過ぐる大戦の占領政策の弊害を打破するという視点だけでなく、白人社会が有色人種のアジア・アフリカ及び、南北アメリカ大陸の原住民インディアンに対していかなる残虐非道な行為を平然とやってきたかという罪状をも見直す必要があると思います。そこから、「戦後三十年の危機」を理解すべきが、開塾六十年・開校四十周年を経た松風塾の課題であろうと思っています。真の日本の精神復興を願い、開塾開校した創立者田澤康三郎先生の達見は、占領政策をさらに溯り、近世五百年の歴史を刻んだコロンブス新大陸発見を機に行われてきたスペイン、ポルトガルをはじめとする白人社会の世界侵略に対する功罪を明らかにしていくことも課題の一つであると浮上してきます。
  コロンブス新大陸発見に伴う資料を、インターネットで開いてみたら、フリー百科事典『ウィキペディア』の中の「クリストファー・コロンブス」というのがありました。その中の?「新大陸」上陸??インディアンへの大虐殺?『晩年』の章を一読したら、背筋が寒くなるほどに、コロンブスが行ったインディアンに対する残虐性が記されてありました。要約して記します。
  一四九二年十月、コロンブスが島を発見し、占領したサン・サルバトル島で、インディアン部族と出会い、歓待を受けた。
  「私がインディアに到着するとすぐに、私が見つけた最初の島で、彼ら原住民(アラワク族インディアン)達に、私に差し出さなければならない物がこの品々の中にあるかどうかを  教え込むために、私は力ずくで原住民の何人かを連行した」。
  「彼らは、武器を持たないばかりか、それを知らない。私が彼らに刀を見せたところ、無知なる彼らは、刃を触って怪我をした。彼らは、鉄を全く持っていない。彼らの槍は、草の  茎で作られていた。彼らは、いい身体つきをしており、見栄も良く均整がとれている。素  晴らしい奴隷になるだろう。五十人の男達と共に、私は彼らのすべてを征服し、思うままに何でもさせることができた」。
  「原住民達は所有に関する概念が希薄であり、彼らの持っているものを『欲しい』と言えば、彼らは決して『いいえ』と言わない。逆に、彼らは、『みんなのものだよ』と申し出るのだ。彼らは何を聞いてもオウム返しするだけだ。彼らには宗教というものがなく、たやすくキリスト教徒になれるであろう。我々の言葉と神を教え込むために、私は原住民の六人ばかりを連行した」。
 こうしてコロンブスは、この島で略奪を働き、次に現在のキューバ島を発見。ここを「フアナ島」と名付けた。
 コロンブスは、翌年三月にスペインに帰還し、同年(一四九三年)九月に二度目の航海に出発しました。今回の目的は、カリブ海諸島の植民地化で、十七隻千五百人の乗員を引き連れてのものでした。既に、インディアン達は、島々で白人達の略奪、殺戮に対して抵抗し、怒りが重責していました。そこへ再びコロンブスが乗り込み、こうした事実を知ると、コロンブスは率いるスペイン軍に徹底した虐殺弾圧を原住民インディアンに対して行わせました。そして、黄金の在処を白状させ、略奪し、本国へ持ち帰ったのです。
 また、インターネットの「有色人種、五百年の悲劇①アメリカ大陸発見」に、次の記事がありました。コロンブスのインディアンに対する虐殺を、同行したキリスト教宣教師・バルトロメ・デ・ラス・カサスが、日記に次のように記していた記事です。
  一人でもインディアンが森にいたら、すぐに一隊を編成し、それを追い回しました。スペイン人が彼らを見つけた時はいつも、柵囲いの中の羊のように、情け容赦なく彼らを虐殺した。
  その虐殺の仕方は、インディアンを人間として見ていたのではなく、虐殺はスペイン人にとって当たり前の規則であり、それは「単に虐殺なだけ」なのである。
  そして、この稿の末尾に、
  こうしてコロンブスの新大陸発見は、わずか百年の間に、アメリカ大陸に住んでいた「本来のアメリカ人」が大量虐殺され、また、金採掘等に伴う過酷な労働により死亡し、ある地域では広大な土地を奪い取るために幼い子ども達に至るまで皆殺し殺戮が繰り返され根絶やしにされ、食べ物は奪われ餓死させられ、また免疫を持たない本来のアメリカ大陸の住民たちは、白人の持ち込んだ淋病や疱瘡などの疫病にかかり多くが死亡、人口が南北アメリカ大陸の合計で、最大で一億以上も減少したと推計されている。
  インカ帝国、アステカ帝国の滅亡は、このスペイン人達によって、金銀財宝を収奪するために行われた幼子にまで及ぶ、蛮行の結末なのである。
 僅かに残った本来のアメリカ国民は、北米アメリカではインディアン、中南米ではインディオと呼ばれ、やせ細った土地の狭いエリアに押し込められ、物乞いをしたり、民芸品などを売って、細々と生きながらえているのです。
と、ありました。
(※南北アメリカ大陸は、四万年から二万五千年も前から、私達日本人と同じルーツを持つモ ンゴロイドが移り住んでおり、コロンブスが到着当時、最大推計でおよそ一億一千万人が豊 かな自然と共に共生し平和に暮らしていた。)
 コロンブスの新大陸発見は、大航海時代の幕開けとして人類の生活圏が世界大に広がった明るい話題として、私達は学んできました。しかし、この幕開けについては、千葉大学名誉教授の清水馨八郎先生が、その著『侵略の世界史』の「はしがき」で、
  歴史は虹である。近世五〇〇年の歴史を大空に懸る虹の橋と見立てると、白人陰謀の歴史がその虹の彼方   に鮮やかに映し出されてくる。(略)
  コロンブスの米大陸到着は侵略の始まりで、白人は「鉄砲と十字架」を手に、残虐非情な手段で全地球をその  支配下に納めてしまった。
  彼らは、白人以外は人間として認めていなかった。だから新大陸の先住民インディアンら一億人を、簡単に抹  殺できた。インディアンは、日本人と先祖を同じくするモンゴロイドだ。さらに、アフリカからの一億人もの奴隷狩  り、奴隷貿易、奴隷酷使が続く。
と記していました。つまり、コロンブスの新大陸発見は、西欧・白人の世界侵略の先駆けであった、と喝破しているのです。
  話を、日本の問題に移します。
  日本はペリーの黒船来航を起爆剤として二百五十年続いてきた徳川家を中心とする幕藩体制から、天皇を国体の中心に据えた君主国家としての明治新政府を樹立させ、西欧に負けない強い国家を目指して近代国家への道を歩み始めました。その時の世界状況は、近代兵器を完備した欧米中心の勢力図が成立しており、そこへ有色人種の日本が対等に話し合うには、まだまだ不十分でした。それが故に、明治中頃からの日清戦争、日露戦争の勝利を経て、ようやく白人先進国と対等に話し合える基盤が確立していくようになっていきました。第一次世界大戦では、戦勝国としてアメリカ、イギリス、フランス、イタリアと並んで、日本も世界五大国と称され、国際連盟発足時の常任理事国ともなりました。しかし、第一次世界大戦後の世界状況では、人種差別問題は依然としてアメリカ、イギリス自治領のオーストラリアなどで、労働面や社会構造に食い込んでいるため、一気に撤廃するには無理がある状況下でした。
  この時代、アジアの中で唯一日本が独立国としてその主権を保持していたのです。
  しかし、大航海時代以降、植民地を拡大してきたイギリス(インド、ビルマ、マレーシア)、フランス(ベトナム、カンボジア、ラオス)、オランダ(インドネシア)は、南アジア、東南アジアを植民地支配し、現地住民を搾取し続けてきました。こうしたアジアの状況下で、日本は、白人の米英をはじめとするオランダ、フランスの支配からアジア各国を解放することを大義とした大東亜戦争を起こしました。それが、日米開戦から始まり、大東亜戦争へと発展したのです。そして、日本は、ドイツ、イタリアを除く欧米各国連合国軍と戦っていくことになったのです。
  つまり、コロンブスの新大陸発見以来、五百年間にも及ぶ白人の世界侵略に対して、有色人種を代表するアジアで唯一独立を保っている皇国日本が立ち向かっていく二十世紀最大の戦争が、昭和十六年十二月八日の日米戦争から始まったのです。
  これを、清水名誉教授は、先の同著「はしがき」の中で、
  二十世紀になって白人の支配に従わぬ唯一の国・日本を、北からソ連、西からイギリス、東からアメリカが一挙に襲いかかったのが大東亜戦争である。白人の手口はコロンブス以来のもので、原爆投下、一一三都市無差別焼土作戦、ソ連の満州侵略の暴虐など、民族抹殺のホロコーストのやり方は、五百年変わらず一貫していました。
  東京裁判は、負けた日本に、白人五〇〇年の侵略と残虐、植民地支配の罪のすべてを転嫁するための大芝居であった。この結果、日本人は、何もかも日本が悪いと戦争犯罪意識を骨の髄まで刷り込まれたために、反省自責の自虐史観にこだわり、敵側の陰謀の世界史を目隠しされてしまった。この虚偽の歴史観で「謝罪を国是」とする「戦後体制」が構築された。これから脱するには、昭和史とか大東亜戦争史などといった短期間の歴史から見るのではなく、歴史のスパンを五〇〇年に、空間的視野を地球的規模で大観することで、世界史を読み直し、真実に迫らねばならない。
と、大東亜戦争の意義、東京裁判の虚偽性とそれからの脱却の方途を示してくれています。
  それは、五百年前のコロンブスの新大陸発見以来、地球を席巻し続けてきた白人侵略の後遺症から脱却すべきであるとし、そこにこそ、二十一世紀の人類が真に人種の隔てなく共存共栄していく道があるというのです。そして、近・現代史で日本が、これまで世界に対して果たしてきた役割がどれほど意義あることであったかを教示しています。清水名誉教授は、更に、
  ここで初めて、この大戦は日本が一方的に負けた戦争でないこと、日本が一貫して叫び続けてきた人種差別撤廃の目的が完全に果たされ、地球の地図が一変していることに気がつく。日本は、戦いに負けて植民地解放の目的に勝っていたのだ。東條さんの映画『プライド』は、日本人の誇りを開く入り口になったが、更に、ここに、白人侵略の世界史とこれを迎え撃った日本の使命を知れば、一段と自信と誇りが取り戻せると確信する。
と述べています。この一文は、二十一世紀の日本人へのメッセージとして書いているように感じます。
  これまで五百年という長い歴史の間続いてきた白人の世界制覇の野望を、アジアの極東に位置する黄色人種の島国日本が立ちはだかり、立ち向かっていった私達の祖先の勇気と大義を誇りとし、日本及び日本人はこれからこそ、世界が人種の差別なく平等に向かい合い、平和を享受できる社会を構築していくために働いていかねばならないと思います。
  こうした戦後世界の流れから、「戦後三十年の危機」を捉えれば、東京裁判史観から脱却し、皇紀二六七四年と続いてきた日本の歴史と伝統に誇りを持ち、日本の神話「古事記」に源流を発する日本人の生き方を取り戻すべきが今だと、強く感じます。創立者田澤康三郎先生が「戦後三十年の危機」を称えて青年教育を始められたことの意義と使命は、五百年前のコロンブスの新大陸発見から始まった白人の世界侵略の歴史を見直し、再び人類がその過ちを繰り返さないことを命題としながら、明治以降、日本が果たしてきた歴史的役割に誇りを持ち、戦後日本の国造りに務めよ、と仰っているように私には理解されます。
  だからこそ、「戦後レジームからの脱却」を謳って組閣された安倍政権が、今「日本を取り戻す」と掲げて第二次安倍内閣をスタートさせているこの時代の流れに沿って、父師・創立者田澤康三郎先生の願いに応えていきたいと思っています。
 下村文科大臣は、なぜ政治家になりたかったかというと、「戦後の日本の教育を変えるために政治家になった」と述べています。そして、下村文科大臣が一番危惧しているのが、「日本人に志がなくなってしまったことです」と言うのです。特に、志という言葉が「今の若い人の間にはほとんど死語になっているのではないか」と危惧しています。
 そして、志とは、「人のため、社会のため、国のためにどう生きるかということ」だと仰っています。全く同感です。
 日本の青年が、社会のために、世のため人のために如何に貢献していくかということを考えながら勉強していくことが、今の日本に一番必要なことだと、下村文科大臣が述べているのです。皆さんは、石館守三先生の「人生の意義」、神守夫先生の「立志」を宗教で学びましたから、下村文科大臣のおっしゃられることはよく理解でき、共感するでしょう。
  こうした考え方を、教育の場でもう一度見直していく作業が必要だということで、道徳教育を教科とし、小・中学校で教育していくようにするというのです。そして、道徳教育の基本は、教育勅語の徳目を基本にするというのです。皆さんは、このことをしっかりと覚えておくのですよ。松風塾で学んでいることが、これからの日本の青少年の道徳教育の指標とされていくのですよ。皆さんは、このことを誇りとし、一層心を修めて勉強に努めていって下さい。
  創立者田澤康三郎先生が、戦後日本の精神の混迷を打開していく青年を育成しようとして開塾開校した松風塾の本当の働きは、これから始まると、私は襟を正し、気を引き締めています。皆さんは、そういう時代の変わり目に、松風塾で高校生活を送っているのです。一人ひとりが自分の個性を磨き、伸ばしていくように、本気になって勉強していきましょう。誰でも医者になれるわけではないし、誰でも米作りが出来るわけでもありません。持っている資質は、みんな違います。しかし、目指すものは、世のため人のため、社会のため、そして日本のため、世界平和です。その願いのために、自分の持てるもので貢献していきましょう。このような生き方を、生きがいにして、人生を全うしていきましょう。
                               ( 2014.05.23)