大和山入山記念日の奇跡                         

 今日は、明日の入山記念日について話して欲しいとの依頼がありましたので、そのことについてお話しさせていただきます。資料も配付いたしました。
 宗教が発生する要因は、必ずそこに教祖という方がいらっしゃいます。これは、どこの教団でも一緒です。日本には、二十三万数千もの宗教団体があります。宗教法人にすると十八万数千余の宗教法人があります。ということは、それぞれの教団には、必ず教祖がおられるということです。
 教祖とは、どういう人なのかというと、天啓をうけた人です。神さまと出会い、見えざる世界を見出し、その結果、不可思議な霊力を発揮し、科学的分野を超えた非科学的な世界を現実にもたらしてくれる人でもあります。いわゆる奇跡をもたらし、病み人達を救っていくという、そういう事実を造ってきた人を教祖と呼んでいます。
 そして、天上の世界にある真理を神さまから啓示を受け、その価値観を地上に実現化していこうとする使命観で生き抜く人が教祖です。これは事実ですよ。だからこそ宗教団体が発生するのですから。
 教祖に共感共鳴した人達は、弟子となり、その弟子達が教祖の教えを広め、信者を獲得して行き、教団が形成されていくようになっていきます。組織となると、教団によって大小の違いはあります。でも、無から有の世界を生み出し、多くの人々を帰依させ、集団を形成し一つの教団を誕生させてきました。
 それが日本に、二十三万余という宗教団体を形成し、十八万余の宗教法人を文科省文化庁文化部宗務課が管理するようになっているのです。
 宗教法人というのは、国の方で認めた宗教団体で、法人活動に対しては非課税となっています。そうして認めた法人が十八万余もあるということです。その中の一法人に宗教法人松緑神道大和山があるということです。
 その見えざるものとの出会いによって田澤清四郎は大和松風となり、多くの奇跡を現し、神の実在を多くの人に示してきました。その事績の上に、今日の大和山があるのです。
  但し、見えざるものによる奇跡が宗教であるということではありません。教祖とは、天上の世界の倫理的規範を、地上に具現化していくことを使命とするのを特色としています。その倫理的規範が「教え」です。「教え」をもって世を浄化していこうという使命観へ、教祖の使命観は昇華していきます。これは、いずれの教団も同様です。この原則を踏まえながら、入山記念日の由来について、プリントを参照しながら説明します。
 大正七年春、教祖さまは、父親が経営する薪炭事業の監督のため、ここ外童子山(ご修行当時の本部のこと)にお入りになりました。その年の暮れ、現在の奥宮の場所にブナの大木があり、そのブナの木を伐った切り株の上にご神体が現れたという話を聞きました。(北津軽郡飯詰出身の坂本民四郎という青年に授かりました)
 教祖さまは、その場所をそのままにしてはおけないとお考えになり、外童子山の現場監督としてきていた他の製炭事務所の仲間達に、自分が発起人になるから年の明けた雪の解けた頃に、山の神をお祀りしようと呼びかけ、そうすることになりました。
 翌大正八年、雪の消えた頃、発起人である教祖さまは、青森市内で神堂や神具、祝詞を揃え、現在の奥宮の鞘堂の中にあるブナの切り株の上に御堂、金属製の御幣、御灯明、御神鏡などの神具を奉安して、周囲を切り払い、準備を進めていました。そして、お参りとなり、祝詞奏上をしました。
 その後、その様子を見ていた三人の杣夫(民四郎の父と弟、中谷甚吉)から、教祖さまは、み神が如何に教祖さまがこの山に来ることを待ち望んでいたかを、次のように知らされ、み神との深いご縁を悟られました。
 「大正八年旧四月十二日、午後三時に、三十五、六歳の男が、我神の現れた所に堂宇を建てるようになる。この男は、これまで外童子山に入った数多くの者の中で、最も神の気に入った魂の持ち主である」(民四郎が手にした神体のお告げ)
 それからの教祖さまの生活は一転し、生業を営みつつも修行生活に入りました。
 「自分に使命があるならば、弱きを救わせたまえ、病めるものを癒やす力を授けたまえ、世を浄める願いを成就させたまえ」との祈願と共に、日々、五色川に降り立ち水行に励む生活でした。
 大和山では、三大行事の一つとして「教祖さま入山記念日」を毎年、旧四月十二日午後三時に、教主さまご親祭のもと、奥宮前で厳粛に祭儀を執り行うことになっています。
 もう一枚のプリントには、大正七年に入山してきた頃の教祖さまのご心境が書かれています。教祖さまがどういう思いで製炭業の現場監督をしつつ、ここ外童子山に来たかということが書かれてあります。
 入山記念日は、教祖さまと神さまとの出会いの日であり、それを初代教主さまは、新約聖書のマタイ伝の中にあるイエスがヨハネという預言者と出会った事実と重ね合わせて、その意味を尋ねてあります。
 大正七年冬、教祖さま、神力をもって「神・君・国・人のため、世のため」に一切の欲望を捨て、自分で成しえる努力を生涯することを、朝夕神に誓う。
 「松風、幼より継母に育ち、世の不遇不幸者に同情心厚く、特に貧困者を救ふ念禁じ難く、大いに富を成し、世の貧困者を救ふべく、其の成功を神に祈願したり。然し、物質には程度あり、如何に成功したりとしても、自力にて幾程も救はれず、ホンの一局部か一小部分なるべし。年三十五歳にして何物をも得ざる松風は、成功を願ふて努力して、希望のみにして一生終るのみ。其れに頼るより、寧ろ神助を願ひ、神力にて世の悩める病者を救ひ度し。天に神在り、必ずや正しき願ひ、希望を容れ給ふ。わが至誠、天に通じなば、病者を救ふ御神徳を授けなば、一方には、病者を救ひつつ、是を利用して人の善導に努力せん。年々歳々思想悪化、畏れ多くも、陛下に危害加へんとする者さへあり。是外国思想に捕はれ、物質文明は長足の進歩しつつも、一面、精神・道徳すたれ行くを悲しむ。浅学にして富力なくも、神力を以て神君国と人の為、世の為に総ての欲望を捨て、一生献身的努力せん事を心と神に誓ひ、朝夕拝願」
  「宗教創立など、大なる望みは持たず、只自己に与えられる神力に依って、自己の力丈の奮闘せん、よし其名は上らず、世に知られぬとも、其は自分の意とする處にあらず。又元来名を得て人に賞めらるる如き売名的な事は、性来是を厭ふ事満々として、他に在るを聞く時、不快の念に燃えたり。真の善事は、名にあらざるを信念せり。又此の念願の一層熾烈と成りたる一因は、宗教と宗教家の無力堕落を憤慨せるにもあり。彼等に、如何にして覚醒の鞭をと、神力降下の暁は、世に神仏の実在、その偉力を示さん」ものと思案しながら、山小屋に起き臥した。(「開山誌」16~18頁。「おいたちとおしえ」31~33頁)
 Ⅰ.大正八年旧四月十二日「入山記念日」
  民四郎が手にした神体のお告げ
  「大正八年旧四月十二日、午後三時に年三十五、六歳の男が、我神の現れた所に堂宇を建てるようになる。   この男は、これまで、外童子山に入った数多くの者の中で、最も神の気に入った魂の持ち主である。
                            (「その頃」259頁。「おいたちとおしえ」 45~46頁)
  「これはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」(マタイ伝)
  「あなたはわたしの愛する子、わたしの心にかなう者である」(ルカ伝)
 この事実は、ヨハネのキリストに対する言葉と同じで、教祖さまは、この日を期して「自分にしてその使命が在るならば、弱きを救わせたまえ,病めるものを癒す力を授け給え、世を浄める願いを成就させ給え」と祈願の心が湧き、日々五色川で水垢離に励んだ。
 この日は大和山が孕った日で、教祖さまが初めて神に召し取られた意義深い日である。
                                               (「おいたちとおしえ」49頁)
・奥宮建立後、教祖さまは神堂を拝し、「神よ、力を現したまえ、世に神あるを知らしめ給え、 悩める者を救わせ給え」と物欲を捨て、誓願した。そして、神の力の現れを試すこととして、 病者を救うことを試した。
・神力が授けられた以上、初志を貫徹することを決意し、「俗業を捨て神業」に一身を捧げた。 長四郎は教祖さまの不思議な力と熱心な態度に老後を孫にと決心し、神に仕える事を承諾した。(「開山誌」26~27頁)
・教祖さま、神・君・国、世の為人の為、一生を終わることを堅く神に誓約す。
・松風の命名。「奥宮建立直後に神授される」。(「開山誌」27頁)
 イエスがメシアとして出現し、そして荒野の四十日四十夜の修行をする前にヨハネと出会っ て、自分に本当に神の使命があるならば神あかしたまえという動機を掻き起こしていくので すけども、それがここに書いてあるマタイ伝とルカ伝です。それを入山記念日に重ね合わせ て説いています。
 キリスト教は今、世界宗教です。約十九億のキリスト教信者がいます。そのイエスの出発点と入山記念日が重なるという解釈の仕方をされ、入山記念日を説明されているということの意義を深く悟って下さい。
  今日は、このことを踏まえ、教祖さまが神を求め、その神との出会いをその身に感じられ、一層神の道を求める思いを強くされ、修行と生業を両立されながらこの年の旧八月二十三日に神の霊声を拝されるという事実と出会います。そこから、大和山の道は、教祖大和松風誕生となって、開かれていくことになったのです。入山記念日は、その意味では、田澤清四郎が神に召された記念の日であります。それからは、神の力を試し病者を救っていくこともありました。
 明日の入山記念日の祭儀では、皆さんも活きた神さまの霊声を自分の身に感じとるようにして、真剣に礼拝に臨んで下さい。
 奥宮では、御神堂から見えざる神の声を聞こうと思えば、心の中に響いてくるものがあるかと思いますので、見えざる神の声を聞き取れるような心境で、儀式に参列して下さい。
                               ( 2014.05.16)