「日本はなぜアジアの国々から愛されるのか」に感動

 私は、『日本はなぜアジアの国々から愛されるのか』という本を読んですごく感動しましたので、今日はこの本の紹介をしたいと思います。
 戦後日本の大東亜戦争に対する評価は、東京裁判史観に基づいた評価が主流を占めているようです。その評価とは、「日本は、過ぐる大戦でアジアの人々に大変ご迷惑を掛けた」「アジアを侵略した」という内容の声です。しかし、アジアと言われても、どの国を指すのかは、定かではありませんし、日本がアジア各国の中で交戦したのは、中国だけです。
 但し、明治時代は、日清戦争、日露戦争で勝利し、特に日露戦争での勝利は、コロンブスの新大陸発見以来形成されてきた白人社会の世界侵略・征服時代の波に一石を投じることができたのです。しかし、それはまだ、針の穴を開けたようなもので、世界の態勢に何らかの影響を与えたとは言えません。但し、欧米の植民地下にあった第三国の人々には、独立への希望に対する勇気を与えたようです。
 そのことについてお話します。一九八四年八月にアフリカのナイロビで開催された第四回世界宗教者平和会議ナイロビ大会の際、WRKP日本委員会青年部会では「青年の翼」を就航させ、それに私も参加させていただきました。その際、ナイロビへ着く前の行程で、エジプトのカイロ大学を見学する日程が組まれました。
  カイロ大学では、私達「青年の翼」の一行を副学長が案内してくれました。その時の説明で、今でも鮮明に残っていることがあります。それは日露戦争で、極東の有色人種である小国日本が、あの北の大国ロシアを破ったことで、欧州の植民地支配に苦しめられていた第三国の我々は、どれだけの勇気を得たことか。第三国の我々も、日本に倣っていけば、いつかは白人支配下の植民地から独立していくことができるという自信を得させて貰いましたと、感謝の言葉を述べたのです。
 その時、団員の日本の青年宗教者達は、これまで学校教育の中でそのような話を聞いたことがなかったので、内心驚きの心境だったと思います。私はその時の副学長の話を聞き、日露戦争の勝利が白人の植民地支配から独立できるという希望を有色人種の国々の人達に与えたということを、創立者田澤康三郎先生、大和松邦先生、白川龍風先生などのご法話でよく聴いていましたので、このことについては殊更納得しましたし、カイロ大学の副学長から直接この事実を聴き、心が躍動した記憶があります。
 さて、『日本はなぜアジアの国々から愛されるのか』の著者は池間哲郎氏で、一九五四年に沖縄県に生まれました。当然、沖縄がアメリカの占領下に置かれていた時代に、沖縄で青春時代を過ごしました。本土復帰する以前の沖縄と、復帰後の沖縄の双方を、ちょうど多感な青年時代に過ごし、その時の様子をつぶさに自分の目で見てきた人でもあります。そして、米国兵のなすことに、「これが人間のなすべきことか」と憤りを感じて若い時を過ごしてきた人でもあります。彼は、成人してカメラマンとなり、後に会社を立ち上げ、アジアの国々を歴訪し、庶民生活の色んな実態を見てきました。特に、スラム・貧民街で貧しい人達の処を歩いて写真を撮り続けてきた経験をステップにし、その延長線上にNPO法人を立ち上げ、スラムの人達への支援活動を継続してやってきた著者でもあります。
 その著者がカンボジア、ミャンマー、タイ、インドネシアと、東南アジア各国を歴訪して目にしてきたこと、耳に聞いてきたことを、そのままこの本に収めているのが「日本はなぜアジアの国々から愛されるのか」なのです。そして、アジアで日本は、どう思われているのかということをカメラマンとして取材して歩き、真実が分かるようになってきたので、そこから日本の歴史や伝統文化について色々学ぶようになったというのです。興味深い経歴の著者の本です。
 この本に書かれてあるのは、「アジアの人達が教えてくれた本当の日本」です。
 まず最初に出てくるのはカンボジアでした。彼は、カンボジアの人達と食事会を開いた時、現地の人達に、「日本が戦争に負けた頃、カンボジア人は日本を恨んでいたんですか。今でも日本を恨んでいるのですか」と、聞いた。
 そうすると全員がキョトンとした。そして、「なぜ、日本人がそんなことを言うのですか?日本人を恨んでいる人は、誰もいません。全く反対です。白人達を追っ払い、アジアのために戦った。多くの日本人が命を失った。徹底的に破壊された日本。日本がかわいそうだと思っていた」と年長者が言った。すると全員がうなずいた。
 こうしたことは、日本の教育現場で習ったことも、聞いたこともないですね。実際と、日本の教育現場で教えられることは全然違うでしょう。こういうことも、記されています。
 別の会合で、ひ弱そうな若者が、「カンボジアも日本と同じように戦争ですべてを失った。日本は手本です。日本人が、私達もやればできると勇気を与えてくれる」と、熱く語る。
 スリランカでのことを紹介しましょう。スリランカは、元のセイロンです。一九五一年にサンフランシスコ講和会議が開かれた際、セイロン代表が感動の演説をしたことを、解説しながら記しているので紹介します。その彼は、後にスリランカ初代大統領になったJ・R・ジャヤワルダナ代表でした。
 「憎悪は憎悪によって止むことなく、愛によって止む」という法句経の教えを引用し、対日賠償請求権を放棄する演説を行いました。そして、日本を国際社会の一員として受け入れるように訴えたのです。
「なぜ、アジアの諸国民は日本が自由であるべきだと切望しているのでしょうか。それは、われわれと日本との永年にわたる関わり合いの故であり、またアジア諸国民が日本に対して持っていた深い尊敬の故であり、日本がアジア諸国民の中で、ただ一人、強く自由であった時、我々は日本を保護者として友として仰いでいた、深い尊敬の故であります。この前の戦争の最中に起きたことですが、アジアのための共存共栄のスローガンが今、問題になっている諸国民にアピールし、ビルマ、インド、インドネシアの指導者達が、そうすることによって自分達が愛している国が開放されるという希望から日本の仲間入りしたという出来事が思い出されます」。
と白人から植民地支配を受けていた人々の想いを代弁した。〝ただ一人、白人たちに戦いを挑んだ〟日本に対する尊敬の念を持つ演説だった。
 もう少し、わかりやすく説明します。「なぜ我々が日本に対してこのような対処をするかというと、東南アジア諸国が白人から支配を受けていたその頃に、日本だけが白人達に立ち向かって、我々を解放の道へ導いてくれたからだ」と演説したのです。感動的です。
 これは有名な演説として、後世に伝えられています。
 それから、スリランカ建国の父と言われるアナガーリカ・ダルマパーラは生涯、日本に対して尊敬と信頼、期待の念を持っていた、というのです。
 そして、彼は、
「なぜなら日本は世界で唯一、欧米キリスト教白人列強に対し毅然と対峙する有色人種であり、アジアの仏教国だったからである。キリスト教支配の隷従民族として屈辱の中で生きてきたダルマパーラは、「偉大なる仏陀の教え」こそ祖国を救うと信じていた。「白人達のアジアに対する差別的偏見をなくし、植民地支配という悲劇の中にあるアジアを救うことこそ日本の役目なのだ」。
と語っていたことも紹介されています。心が震える本でした。
 第一次世界大戦が終わった翌年の一九一九年十一月、パリで講和会議が開かれ、ヴェルサイユ宮殿で講和条約が調印されました。日本からも西園寺公望が出席しました。
 この会議では、国際連盟委員会が十六カ国の代表で編成され、国際平和維持の機関として国際連盟の設立が決められました。その際日本は、依然として世界が白人至上主義で人種差別が劣悪な状況の中にあったのに対して、人種平等案を提出し、人種や国籍による差別撤廃を国際連盟の規約の中に盛り込むことを主張しました、結果、賛成十一の票を得ました。反対はアメリカ、イギリスなど五票でした。しかし、同委員会のアメリカのウィルソン委員長は、この提案は重要な案件のため、「全会一致でないため提案は不成立である」との裁定で否決してしまいました。なんという理不尽さであろうか。当事の世界状況は、力の均衡で強い国の主張がまかり通る時代であったということでしょう。しかし、日本の主張した人種差別撤廃の精神は、昭和二十一年に設立された国際連合の精神の中に活かされました。そして、現在のアメリカがオバマ大統領という初の黒人大統領を生み出すまでに、世界は変容してきました。但し、この人種平等論を国際社会で初めて訴えたのは、日本であったということを忘れないで下さい。
 最初の話に戻りますが、日本は、なぜアジアの国々から愛されるのかの一篇は理解できましたか。よく耳にする、日本はアジアに対して侵略し、残虐行為をして多大な迷惑をかけたという主張は、どこの国に対してのことなのでしょうか。アジアという言葉を使って日本批判を繰り返しているのは、反日教国家と称されている中国と韓国だけです。
                               ( 2014.04.18)