平和の種まく人達

 朝会で教育勅語を奉読する学校は、今のこの時代、本校の他にどれだけあるでしょう。神社神道系列の高校であれば考えられますが、いずれにしても、あっても十指で数えられる程度だと思います。
 宗教の授業では、一年生の時にテキスト『松風塾高校の教育とは』を基に教育勅語については学びましたから、記憶に残っていると思います。特に教育勅語に盛られている十二の徳目である「孝行」「友愛」「夫婦の和」「朋友の信」「謙虚」「博愛」「修学・修業」「知能啓発」「徳器成就」「公益世務」「遵法」「義勇」の精神は、祖先の教訓であり、人間として守るべき普遍的な価値・道でありますから、天皇も国民も共に一体となって努力して、人格的向上に努めていきましょう、と述べられています。この十二の徳目は、人間の生きる条理であり、守るべき道ですから、皆さんはこの徳目を生きる道しるべとして生きていく日本人であってくれることを期待します。
 教育勅語は、明治二十三年十月三十日に発布されてから終戦の昭和二十年八月十五日まで国民道徳として全国民が遵守するように教育されてきました。終戦後は、GHQが教育勅語を国民道徳とすることを禁止し、学校教育の場から排除してしまいました。これによって日本人は国民道徳を失ってしまい、モラル喪失の中で戦後教育が敷かれてきました。そういう時代背景の中で、松風塾は、教育勅語を昭和三十年五月に開塾して以来、今日まで学び、暗誦奉読し続けているのです。
 今日は二年生のD・Mさんが、韓国観光公社主催の「韓国修学旅行感想文・写真コンクール」の「感想文部門」で特別賞を受賞しましたので、紹介したいと思います。一昨日、校長先生からその感想文を見せて貰い、一読しましたら、余り素晴らしくて、読み終わったら思わず一人で拍手をしてしまいました。
     世界を見て
 日本と韓国。こう聞くと一番に思い浮かぶのは領土問題だろう。私も修学旅行に行く前はそうだった。だから「外国の言葉や文化を直接感じることができる!」という楽しみな気持ちの反面、ニュースで報道される竹島問題や反日デモを見て「本当に無事に行くことができるのか」という不安もあった。しかし、そんな私の不安を見事に払拭してくれたのが今回の韓国修学旅行だった。特にホームステイと板門店見学は私にとって大きな経験になった。
 ホームステイは旅行二日目に行われた。ホームステイ先は、同じ高校二年生のユミンという女の子のお宅だった。彼女はとても優しくて、片手に日本語の本を持ちながらたくさん話しかけてくれた。最初はお互い緊張していたが、馴れてくると日本語、韓国語、英語、ジェスチャーを使って会話をすることができた。私はそれがすごく楽しかったし、嬉しかった。国も言葉も違って、会って何時間も経っていないけど、人間として思いが伝い合えるんだと感じた。
 その日の夜、ユミンの学校の友達と私の学校の女子十二~三人で街へ出掛けた。みんなでごはんを食べたり、写真を撮ったりした。十時頃解散して、それぞれのホームステイ先の家へ向かった。その途中でユミンが「お腹すいた」と言ったので、ユミンと友達のユジュン、そして私とペアの同期の四人でドーナツ屋さんに入った。するとそこで、彼女達が私達に英語でこんなことを言ってくれた。
 「あなた達は私達の初めての外国の友達。今日のことはずっと忘れないよ。私達も手紙を書くからあなた達も書いて送ってね。そして、いつかまた会いましょう」
 この言葉を聞いたとき、私は感動してただ
   「me too ! me too!」
と言うことしかできなかった。このことは一生忘れないと思う。
 もう一つホームステイ中に言われて嬉しかったことがある。それは「日本に行ってみたい」というユミンの一言だ。旅行に行く前、色々なニュースを見て、韓国人は日本が嫌いなのだと思っていた。しかし、実際に韓国に行ってみると、日本人だからといって何をされるわけでもなく、逆に「コンニチワ」と話しかけてくれたり、「私は日本のファンです」と言ってくれたりした。素直に嬉しかったし、そういう人がいるなら日韓の関係も解決する日が来るだろうと思った。
 修学旅行四日目、この日は板門店見学があった。自由の家と呼ばれる建物を抜けると水色の建物、軍事停戦委員会会議場があった。そのすぐ先は北朝鮮の領土で、北朝鮮の兵士がこっちを見ているのが分かった。そして、もともとは一つだった両国を分断していたのがたった一枚のコンクリートだった。銃を持った兵士が何人もいた。私はその現状を目の当たりにし、自分がどれだけ平和な国で生きてきたのかを痛感した。
 その後、自由の家へ戻り、少しの時間があった。その時、校長先生が、
 「せっかくの機会だから話してみたら?」
と他国の見学者の方を向いておっしゃった。私が躊躇していると校長先生は近くにいた欧米人のグループに話しかけに行った。先生は英語で彼らと話した後、私を手招きして「何か質問してごらん」と促した。私がドキドキしながら「日本に行ったことがありますか」と英語で言うと何人かが答えてくれた。その後も四~五人で少し会話をした。私はほとんど喋れなかったが、話の意味は大体分かった。その時に思ったのが
 「さっき見た境界線のように、国と国が互いに対立し、ただ啀み合うだけの場所もある。し かし、今のように国は違っても相手の話に耳を傾け、互いの国を尊重し認め合うこともで きる」
ということだ。
 私達は、みんな同じ人間だ。争うことも仲良くすることもどっちもできる。それなら私は仲良くしたい。いつか全世界の人が肩を組みながら笑い合える日が来たら最高だ。そのためにまず、隣の人と家族と仲良くするよう努力したい。いつかその輪が増えていき、世界中に広がるように。
 素晴らしいね、日韓関係については、マスコミは確かに喧噪な話題だけを拾ってニュースとして流しています。しかし、実際、韓国へ行ってみたら、高校生同士が心の?がりを感じあい、友情を確かめ合っている。これも、確かな事実です。竹島問題で日韓が攻防を繰り返しているのも事実です。
 こうした、互いに友情を結び合っている事実と、互いに自己主張し合って争っている事実がある中で、同じ人間として出会うんだったら、互いに仲良くしていく方にその出会いを作っていきたいと、D・Mさんは述べていました。共感しますね。
 皆さんに配付した小さなプリントには、次のような詩が書かれています。読んでみます。
ヒマワリの種をまくと、ヒマワリの花が咲きます。アサガオの種をまくと、アサガオの花が咲きます。
 まいた種に応じて結果が現れます。
 これは、私たちの運命においても同じです。
    お釈迦さまは、運命について、次のように教えられています。
    善因善果……善いタネからは良い結果
    悪因悪果……悪いタネからは悪い結果
    自因自果……自分のまいたタネまきの結果は、自分に現れる。
 「良い結果」とは、幸せということ、「善いタネ」とは、幸せのタネということです。
 「悪い結果」とは、苦しみや不幸のこと、「悪いタネ」とは、苦しみのタネということです。
 そして、お釈迦さまがタネと言われているのは、私たちの行いのことですから、言い換えると、
   「幸せのタネをまくと、幸せの花が咲く。
    苦しみのタネをまくと、苦しみの花が咲く。
    タネとは、あなたの行いですよ」
ということになります。
 その人の行いに応じた結果が、その人に現れるのですから、幸せになりたければ、幸せのタネをまきなさい、と教え勧められているのです。
 D・Mさんは、仲良くする、平和を作りあげるという花の種をまいたんですね。それを感じ取って、それを自分の生活の中に広げていきたいと言っていました。
 四月十二日に開催する松風塾高等学校開校四十周年記念式典の記念品として配付する開校四十周年記念誌「新たなる飛躍を」の中に、現在、北海道大学と藤女子大学の非常勤講師として大学生に韓国語を教えている山口拓子(旧姓円山)さんという本校の卒業生がいます。本校の第十六期生です。現在は、その他に東京大学と国立国語研究所の研究員として韓国語の言語学的な研究に携わっています。いわゆる韓国語の専門家です。
 山口拓子さんが韓国語と出会った動機は、松風塾高校で韓国演奏旅行に行った時です。こう書いています。
 「私と韓国語との出会いは、言うまでもなく高校二年の韓国修学旅行でした。旅行前の英語の時間に成田博昭先生から簡単な韓国語会話を教わりました。「チョンマネヨ」は「どういたしまして」、「トマンナヨ」は「また会いましょう」という具合に。よくわからないまま覚えた言葉でしたが、実際に韓国で話してみて通じた時には、言葉にはうまく言い表せない、体の底からじわじわと来るような感動を味わいました。その時感じたおもしろさが、現在の仕事にまでつながつています」。
 高校時代の韓国演奏旅行で体験した韓国の高校生との交流の中で、事前学習で覚えた韓国語が、相手の高校生に通じたこと、韓国の人達に通じたこと、その時の感動が韓国語を勉強しよう、研究しようという動機となり、今では、東京大学及び国立国語研究所の研究員として韓国語の言語学的な研究者となり、北海道大学と藤女子大学で非常勤講師として学生に韓国語を教えているのです。高校時代の出会いは、人生を変える大きな転機となるのです。他にも、第十二期生の田代章さんは、現在、従業員千二百人を超える会社の代表取締役社長として活躍していることが紹介されています。それから、公益財団法人笹川記念保健協力財団の業務執行理事兼事務局長として活躍している本校第二期生の松本源二さんも紹介されています。
 他にも社会で活躍中の卒業生が紹介されています。
 記念誌に紹介されている卒業生は、皆一様に松風塾で体験した生活経験が、社会に出て大きく自分の運命を切り開いていく力になったと、綴っていました。皆さんにも配付されますから、卒業生の紹介記事を見て下さい。感動しますから。大切なことは「だから今辛くても、厳しくても、頑張っていきなさいよ。今辛いことがあっても、卒業したら必ず、ここでの生活の価値がわかる時が来るから。皆さんの生きる力となっていることがわかるときが来るから。それを信じて、今のこの現実から逃げないで、今やるべき事をしっかりとやり遂げ、頑張って生活して下さい。ここでの生活をやり遂げ、生き抜いていく力が、卒業したら、社会を切り開いていく力となり、日本の新たな運命を切り開いていく力となって発揮されていく時が必ずきますから、今をしっかりと頑張って為すべきことを為していって下さい」ということです。そうした皆さんは、やがて日本の運命を切り開いていくリーダーとして成長して行くでしょう。そういう人間に成長して下さい。今日は、D・Mさんの入賞した作文を紹介しました。一年生(四十期生)は、この後に続いて頑張って下さい。二年生(三十九期生)は、更に、これまで学んだことに拍車をかけ、高校生活最後の仕上げをするように頑張って下さい。
                  ( 2014.03.06)