心の目を開かせる不朽の名著、内村鑑三の『後世への最大遺物』
 
今日、二月七日は、教祖さまご令室、北玉さまのご命日で、五十二年ご霊祭の日です。
 北玉さまは、信者さんが参山すると必ず、帰りに大きなおむすび二個をお土産に渡して下さったと伝えられています。ですからおむすびは、北玉さまを象徴する一つのシンボルのようなものです。そこで、今日は北玉さまを偲んで本部の女性の方々が朝早くからおむすびを作って下さいました。お昼には皆さんのお膳にも出るでしょうから、どうぞ亡き北玉さまを偲んで召し上がって下さい。
 成田博昭校長先生は、感動した話を募集していますね。それを昨年、小冊子にまとめ刊行してくれました。今、第二号の編集に取りかかっているようです。皆さんも、感動する話題があったら提供して下さい。
 今日は、私自身が皆さんから感動させて貰った話を紹介したいと思います。
 平成二十五年十二月号の「無盡燈」の「視聴覚・ネットワーク」という欄に、「『後世への最大遺物』講演から百二十年」「海外で高まる内村鑑三への評価」という見出しの原稿が掲載されています。読んでみて下さい。筆者は、大和山の信者で、今、新宗連事務局長として宗教界で活躍しているS・Kさんという人です。
 S・Kさんは、その記事の中で、『後世への最大遺物』の中には、「内村は、誰もが後世に遺すことが出来る最大の遺物は、『高尚なる生涯である』と説いたが、その精神は時間と国境を越え、多くの人々に影響をもたらしている」、と記しています。そして、人が後世に遺す事業として内村は、お金を稼ぐ事業、金を遣う仕事の各事業、人の精神・心に影響を与える文学・思想を遺す事業を挙げ、これらの三つは誰でもが遺せる事業ではなく、それなりの能力、才能が必要であり、使い方を間違えば人に害を与える事業となってしまうことを、その本で指摘しています。そこで、誰でもが意志さえあれば遺せて、益ばかりあって、害のない事業として「勇ましい高尚なる生涯」を四つ目の事業に挙げています。
 その「勇ましい高尚なる生涯」について、S・Kさんは、「それは、自分に与えられた天職とは何かを真剣に考え、自ら実践することである」とし、「そのためには、今目の前にある仕事を一生懸命に務めることである。それによって、その人は、天職に出会い、生涯かけた仕事ができるのである」と内村の言葉を以て紹介しています。そして、「内村は、どんな仕事であっても、天から与えられた仕事と思って取り組んでいく大切さを説いた」と、続けていました。
 こうした思想を中核に内村は聖書研究会を主宰しますが、その中から「後の東京大学総長となる南原繁(政治学)、矢内原忠雄(経済学)、大賀一郎(古代ハス研究者)、塚本虎二(新約聖書研究者)など多くの研究者を輩出した」と記し、「内村門下生の一人で最高裁判所長官を務めた藤林益三は、若い司法修習生に向かって『どんな職場におっても、社会的地位はなんでもいい、縁の下の力持ちをやる人がいなければ、世の中は動いていかない』と説いたこと」を紹介しています。藤林は、まさに、内村の遺物として育った弟子の一人であることが記事から伝わってき、感動しました。
 S・Kさんは最後に、「グローバル資本主義が席巻する現代では、若者にとって天職を見出すことは困難な時代かも知れない。しかし、目の前にある仕事、骨の折れる仕事を避けず、恐れず取り組んでいくところに天職への道があると説いた内村の思想は、百二十年を経た今日も国境を越えて、多くの若者の共感を得ている」と、まとめていました。
 皆さんには、一年生の時、「宗教」の授業のテキストとして配付した内村鑑三著『後世への最大遺物』がありますね。内村鑑三のこの本は、大和山松風塾時代から田澤康三郎先生がテキストとして塾生に読ませ、使用してきたテキストでもあります。
 今年度は、一年生(四十期生)の二学期の定期考査のテスト範囲が『後世への最大遺物』でした。更に、冬休みの宿題にも『後世への最大遺物』の内容を要約する課題を課して、提出して貰いました。今日はそこで、その課題に提示してある感想文の中から一つ紹介しましょう。
 僕は、「後世への最大遺物」を読み、感銘を受けた言葉がいくつかあります。それらの言葉は、自分が生きて行く中で大切になっていくものであったり、人生の指針にすることでこの世の中にプラスになったり、よりよい方向に向かわせることができると考えています。なので僕は、これから挙げる言葉を胸に抱き、人生を、世の中を、向上させることができるようにしていきたいと考えます。
 まず一つは、「私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、われわれを育ててくれた山河、これらに何ものこさずには死んでしまいたくないという清い欲が一つ起ってくる」という言葉です。これについて僕は、この美しい地球は、地上の生物たちに命を授けてくれたのにも関わらず、何も見返りを求めない。それでは、今度は僕達が、この美しい地球のために、何か少しでも良いものを遺すことで、少しでも恩返しができればいいと考えました。
 二つ目は、ハーシェルが言った「この世の中を、私が死ぬときは、私の生まれたときよりは少しなりとも善くしていこうじゃないか」という言葉です。これに対して僕は、一つ目の言葉と同じように、命を授けてくれた、この世界、地球を少しでも善くしていきたいという考えを持ったからです。
 三つ目は、メリー・ライオン女史の精神です。「他の人の行くことを嫌うところへ行け、他の人の嫌がることをなせ」という精神です。これは本当に難しいことだと思います。人間である限り、楽な方へ、楽な方へと流されてしまうものです。しかし、メリー・ライオンの精神のように生きることができるのなら、その人は、とても重宝されることでしょう。なので、この精神を常日頃から意識することに心がけ、自分の指針にすることで、少しでもこの美しい地球を善い方へと導く糧となっていきたい。
 四つ目に、「いつでも正義のために立つのは少数である。それで、われわれのなすべきことは、いつでも少数の正義の方に立ち、その正義のために多勢の不義の方に向かって、石撃をやらなければなりません。もちろん必ずしも負ける方を助けるというのではない、私の望むのは、少数として戦う意地です」という言葉です。私はこの言葉に、とてつもない感銘を受けました。確かに正しいことを言っている人々は少数であり、大抵はそちら側よりも仲間の多い、正しくない方についてしまうのが人というものですが、この言葉は、そんな時にこそ正しい人につき、支えるべきだと言っています。なのでこの言葉は、今の世の中に必要だと考えます。人数の多い方が勝つ今の世の中では、自ずと負の方向へと歩みを進めてしまいます。
 よってこの言葉を世界の人々へと届けることにより、自ずと善い方向へと歩を進めることができるのではないでしょうか。その上で各々が、人生の指針とすることで、よりよい世の中ができあがっていくのではないでしょうか。(Y・T)
と書いています。自分の考えをそのまま書いていますね。感動しますね。内村鑑三が提示した遺物は、皆さんによっても形成され、後世に遺し、伝えられていくことになるのだと、感激・感動して感想文を読ませていただきました。
 松風塾高校は生徒数が少ない、少人数教育を特色としています。しかし、一人一人がしっかりとした思想を持って、「我々が生まれた時よりも、少しなりとも世の中を善くしていこうではないか」という崇高な志を持ち、この命をくれた地球に何か恩返しをしてこの世を去って行きましょう。こういう気高い精神を持って人生を全うしていきましょう。二十一世紀の地球は、世界は、こうした崇高な精神を持った人達によって守られていくのです。それを信じて、この道を全うしていきましょう。それが世界に通じる一本の道でもあるのです。
 皆さんの松風塾での三年間の修学の志は、この社会に、日本に、世界に、より良い影響を与えられるような人間となるように、自策自励の道を歩んでいくことです。それがために、神さまに導かれて集まってきた人達ばかりなのです。それぞれの立場でこの自覚を堅固にして下さい。一人一人が一騎当千の人物となろう、一人で千人を相手にしても打ち勝っていけるような強い人間に成長し、松風塾の狼煙を高々とあげてくれる皆さんであってくれることを期待します。
                       (2014.02.07)