安倍首相、靖国じ神社の英霊に参拝


 今日は、平成二十六年最初の朝会ですが、昨年十二月二十六日に安倍晋三首相が靖国神社へ参拝したことで、国内外から大変な批判の声が挙がったことについて話したいと思います。
 最初に靖国神社とは、どういう神社なのかを説明します。
 別冊『歴史研究』神社シリーズで平成元年十月に発行された『靖國神社ー創立百二十年記念特集ー』の十ページに、「靖國神社の御祭神と由緒」というページがあり、次のように記されています。
 当神社は、幕末の嘉永六年(一八五三)以降約一世紀にわたり、戊辰の役、西南の役、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、支那事変、大東亜戦争などにおいて、ひたすら「国安かれ」との一念のもとに、その尊い命を捧げられた方々のみたまを「靖国」の神としてお祀り申し上げているお社であります。靖は安と同意で、「靖国」とは祖国を平安にする、平和な国家をつくりあげるということにほかなりません。
 その創立は、明治二年(一八六九)六月二十九日、戦没者の芳しき御名を万世に伝え、みたまを慰めんとの明治天皇の思召によって、この九段坂の地に祀られた「東京招魂社」に始まります。同十二年、御社号を「靖国神社」と改められ、別格官幣社に列せられました。(略)
 当神社の御祭神は、現在二百四十六万余柱にのぼります。その多くは幕末から明治・大正・昭和にかけて、敢然と国難に立ち向かわれた前途有為な青壮年たちであります。しかも、それは軍人だけでなく、従軍看護婦や児童、生徒など五万七千余柱の女性も含まれています。それらの御祭神は身分、勲階、男女の別なく、すべて祖国に殉じられた尊いみたまとして斉しく大切に祀られております。
 さて、冒頭に述べたように、安倍晋三首相が、昨年十二月二十六日に靖国神社へ参拝したことが、中国、韓国だけでなく、アメリカまでが「日本の指導部が近隣諸国との緊張を悪化させる行動を取ったことに米国は失望している」と声明を出し、欧州連合(EU)も批判声明を発表しました。東南アジアでは、シンガポールが遺憾を表明し、ベトナムとインドは直接的な批判はしませんでしたが自粛を促す発言をしていました。
 この安倍首相の靖国参拝の誤解を解くために、一月に入ってからは、下村博文文部科学相がワシントンへ、稲田朋美行革担当相がワシントンとニューヨーク、サンフランシスコへ、岸信夫外務副大臣がワシントンとボストンを訪問し、安倍首相の靖国参拝は「二度と人々が戦争の惨禍で苦しむことがない時代をつくること、不戦の決意を込めたものだ」と米政府関係者と会って説明し、理解を求めました。
 また、超党派でつくる日米国会議員連盟の中曽根弘文会長ら自民党議員三名も、訪米中の十一月八日にアーミテージ元国務副長官と会い、靖国参拝が「不戦の誓い」のためであることを説明しました。アーミテージ元国務副長官は、これに対して、安倍首相は「選挙公約を実行したまでで、これ以上問題視すべきでない」と発言したことが報道されていました。的を射た見解だと思います。
 他に、一月には、山本一太領土問題担当相がシンガポールで講演し、首相の靖国参拝の真意を述べたし、新藤義孝総務相は東南アジアとアフリカで、岸田文雄外相と小野寺五典防衛相はパリで一月九日に開催された日仏外務・防衛担当閣僚協議に出席し、北朝鮮や中国の北東アジア情勢などの意見交換をした際に、安倍首相の靖国参拝の真意を説明しました。
 安倍首相の靖国参拝が、これほどまでにアジア、欧州、アメリカなどの意見を拾い、報じられたのには、驚きました。特に、アメリカが「失望している」という声明を発表したことについては、「アメリカは日本と同盟国なのに、どうしたんだ」という素朴な疑問を抱かされました。アメリカよ、中国市場に目が眩み、自由主義国家群のリーダー国としての品格と信頼を失うなよ、と思われました。
 安倍首相は、こうした靖国参拝批判に対し九日、「国のために戦った英霊に対して尊崇の念を表し、一国のリーダーとして手を合わせ、ご冥福をお祈りする気持ちは持ち続けていきたい」と述べていました。「そうだ」と共感し、他国の干渉に屈せず、「良かった」と思いました。
 この度の靖国参拝では、本殿に合祀されていない日本人戦没者、及び外国人戦没者を慰霊する鎮霊社にも参拝し、「不戦の誓い」を捧げているのですから、どうして批判されなければならないのか、腑に落ちません。おそらく鎮霊社についての認識と理解が外国の要人方には薄いものと思われますので、鎮霊社を含めた靖国神社の理解をもっと啓蒙する必要があると思います。それに、安倍首相の靖国神社参拝の問題は国内問題であり、他国からとやかく言われる筋合いのものではありません。このことは毅然として、そう言うべきです。
 例えば、アメリカ大統領がアーリントン墓地にお参りし、祖国のために戦い亡くなった兵士に手を合わせ冥福を祈ることに、外国の人が文句をつけられますか。できませんよ、そうでしょう。一国の代表者が国家のために命を懸けて亡くなった英霊を祀る施設に詣でて祈りを捧げることは、当然であり、世界の常識でしょう。それに対して他国の人が干渉すべきでないことは、皆承知しているはずです。それを、靖国神社へ首相が、または国会議員が参拝すると、隣国から批判の声が挙がってきて、国内が右往左往してしまうのは、世界の中で日本だけですよ。これでは、今の日本は、あまりにも主権国家としての尊厳が損なわれていると思いませんか。なんだか、悔しくも感じます。こんな理不尽な干渉を、マスコミは躍起になって取り上げる必要はないんですよ。
 それを取り上げることで、逆に外国からの内政干渉が勢いを増し、それによって日本人が踊らされている、と私には見えます。しかも、そうした内政干渉に一緒になって邦人が自らの政府の要人を攻撃し、政争の具にしているなんて、あまりにも日本の政治レベルは低すぎますよ。そう思えてしようがありません。
 安倍首相の靖国参拝を批判する理由は、靖国神社にA級戦犯が祀られているからだと指摘されています。確かに、靖国神社には、東京裁判でA級戦犯とされ処刑された七名と獄死した七名の計十四名が、B・C級戦犯として処刑された九百一名、他に裁判中、もしくは判決後に亡くなった英霊など、併せて千六十八名が奉祀されています。
 しかし、東京裁判は、戦勝国が敗戦国を裁くという文明史にない裁判です。それを企てたマッカーサーは、昭和二十五年十月、ウェーク島でトルーマン大統領と会談した際、「東京裁判は誤りだった」と告白しています。また、翌二十六年には、米国上院議会軍事外交合同委員会の聴聞会で、先の大戦について聖書に誓い、「日本は自衛のための戦争をした」と証言しています。この事実を政府は、もっと多くの日本人に知って貰うべきです。アジア及び世界にも、知って貰うべきです。
 昭和二十七年四月二十八日、サンフランシスコ講話条約が施行され、日本は再び、戦後の国際社会に復帰しました。この年の六月七日には、日本弁護士会が「サンフランシスコ講話条約十一条による戦犯の赦免勧告に関する意見書」を政府に提出しました。すると、それを契機に、「独立を回復したにもかかわらず、なぜ敵国に裁かれた同胞達が釈放されないのかという疑問」が共有され、全国的な戦犯釈放運動が広がって行き、四千万人もの署名が集められました。このことによって日本政府は、関係各国に対して、全ての日本人戦犯の赦免減刑を要請しました。そして、衆参両院がほぼ全会一致で、しかも五回にわたる赦免決議を採択するに至りました。その趣旨説明に立った改進党の山下春江議員は、東京裁判をこう批判しています。
 「戦犯裁判の従来の国際法の諸原則に反して、しかも、フランス革命以来人権保障の根本的要件であり、現在文明諸国の基本的刑法原理である罪刑法定主義を無視いたしまして、犯罪を事後において規定し、その上、勝者が敗者に対して一方的にこれを裁判したということは、たとえそれが公正なる裁判であったとしても、それは文明の逆転であり、法律の権威を失墜せしめた、ぬぐうべからざる文明の汚辱であると申さなければならない」(昭和二十七年十二月九日衆院本会議)。
 日本社会党の古屋貞雄議員も、
 「敗戦国にのみ戦争犯罪の責任を追求するということは、正義の立場から考えましても、基本的立場から考えましても、公平な観点から考えましても、私は断じて承服できない」(同)
と、東京裁判の不当性を訴えています。
 また、翌年二十八年八月六日には、A級、B級、C級を問わず、戦犯と称され処刑された人達を犯罪者と見なす「刑死」ではなく「公務死」と認定し、困窮を極めるそれまでの戦犯遺族に対して遺族年金、弔慰金を支給する「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の一部改正法を国会で設立させました。そして、後には恩給法も改正し、これまでの戦犯遺族への援護措置も拡充させていきました。つまり、日本には戦犯と称する人達はいないことになったのです。その後、靖国神社には、昭和三十四年からB・C級戦犯として処刑された英霊が合祀されていきました。
 こうした一連の“戦犯問題”の処理については、当時、外国から何ら異論が唱えられることはありませんでした。「これらが独立した戦後日本の原点だった」のです。
 A級戦犯についても、昭和五十三年から合祀されるようになりました。
 昭和天皇は昭和五十一年から靖国神社へのご親拝をされなくなりました。理由は、昭和五十年に、当時の三木武夫首相が靖国神社へ参拝した時、「私的立場で参拝をした」と取材記者に発言したことにあります。それからマスコミは、国会議員の靖国神社参拝に対して、「私的か」「公的か」と問うようになったのです。マスコミは、「公的参拝」と言えば、憲法の政教分離の原則に反すると批判し、東京裁判で侵略戦争とされた先の大戦・大東亜戦争を肯定するのかと騒ぎ立てました。
 テレビの時事問題を扱う番組でも、著名なマスコミ人や評論家は、天皇陛下が靖国神社にご親拝されなくなったのはA級戦犯を祀るようになったからだ、と平気で言う人もいますが、それは事実ではありません。三木武夫元首相が「私的立場で参拝した」という軽はずみな発言をしたことによって、マスコミが首相や国会議員の靖国神社参拝を、「公的」か「私的」かと問うようになり、騒ぎ立てるようになったからなのです。この事実関係は、しっかりとおさえておきましょう。その後の昭和五十三年に、靖国神社へA級戦犯が合祀されるようになったのです。
 今回は、昨年の十二月暮れに、安倍首相が靖国参拝をしたことをマスコミが大きく取り上げたことによって、中国、韓国の日本叩きを誘発させ、しかもこれまで以上に激しさが増したこと、そして、その両国の主張があたかも正義であるかのような誤解を招くようになっては大変だと思い、新年初めての理事長朝会でしたが、安倍首相の靖国参拝問題について話させていただきました。
 主権国家日本の尊厳はしっかりと守って行きたいし、日本には国内法で戦犯と称される人は、昭和二十八年八月三日衆議院本会議で「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」が採択され、そして恩給法、戦傷病者戦没者遺族等援護法が、国会の全会一致で改正されたことで、いないことになったのです。GHQの軍事裁判で処刑された千六十八名は「公務死」と認定されることになったことで、日本には戦犯がいないことになったのです。そのことを全国民が理解し、その上で日本がアジア及び世界の平和のためにいかに尽くしていくかということを共に考えていくようになって欲しいと願っています。
(注・産経新聞平成二十六年一月十八日朝刊「一筆多論・中静敬一郎」の『先人が決着つけた「戦犯」問題』と、産経新聞平成二十六年一月二十五日朝刊「オピニオン」の「解答乱麻ー堂々と発見できる人材を育てよ」(元高校校長、一止羊大(いちとめ・よしひろ)の記事を参照。)
 
                       (2014.01.27)