国民と共に歩む今上陛下のお姿
     ー皇居で拝聴した感激の数々ー
   
  37期生皇居勤労奉仕では、東日本大震災でお心を痛められた天皇・皇后陛下の国民に寄せるお話しを聞くことができた。今回は、このことを中心に記させてもらう。
  昨年3.11の東日本大震災の当日、三重県の皇學館大学学生の団体と愛知県の婦人会の団体が皇居勤労奉仕で窓明館にいた。このひ、帰省する筈だったのが交通機関が不通となり足止めされ、十一日の夜は窓明館で一夜を過ごすことになった。長椅子をベッドにしてである。
   このことが両陛下に報告されると、すぐさま天皇陛下から窓明館の担当職員に「トイレットペーパーがたりていますか」との連絡が入ったという。なんと細やかな配慮であろうかと、職員の人たちは感激しつつ奉仕団のお世話に務めたとのこと。
  翌朝九時、両陛下は、奉仕団のお見舞いのため窓明館を訪れ、労いの言葉をかけられた。そして、「ご病人はいないですか」とお尋ねになった。女子学生一人が風邪で窓明館内の畳の部屋で休んでいたので、両陛下はその学生をお見舞いされ、お帰りになった。その直後、陛下の主治医が窓明館に駆けつけ学生を往診し、宮内庁病院へ入院させることにした。陛下のご指示による出来事だった。
  皇居で聞いた東日本大震災をめぐる陛下の国民に寄せる事跡は、後世に遺し伝えるべき天皇家の歴史であると、感激を新たにさせられた内容であった。
  両陛下は、震災後、御所で「計画節電」を十月末まで続けられたとのこと。また、一週間毎に避難所を訪問され、被災者のお見舞いに廻られたという。その際には、訪問される被災地のことを充分に調査してお出かけになられるのが常だったとう。避難所では、到着されるやいなや中に入られ、被災者の前に歩み寄られるのが毎回のことだという。そうした両陛下が、被災者と目線を同じくしてお話しされているお姿は、私たち国民の誰しもが感激し、生きる力と勇気をもらったに違いない。こうした避難所での陛下は、スリッパを履かずに会場に入られるのがしばしばおありだったという。ある避難所では、小さな子どもが「スリッパをはいて」と言って、お届けしたというエピソードがあったと、同行した職員が私たちに話してくれた。仁徳天皇と臣民との関係を思わせる微笑ましい光景だと心に滲みた。
 また、避難所からバスで移動される両陛下は、被災者の姿が見える間はバスの中でお立ちになって手を振り続け、被災者方のお見送りに応えられているというお話しにも、心を打たれながら拝聴した。
 昨秋、今上陛下が入院された時、勤労奉仕団へのご会釈はできなかった。この間、皇后陛下が窓明館に出向かれて奉仕団へのご挨拶を欠かさないご日常であったという。「陛下のお客さま」として、勤労奉仕団を大切にしてこられた今上陛下の真心を、皇后陛下がしっかりとお護りしておいでなのだと拝聴した。
   松風塾高校29期生の田原知聡さんは、陛下のお側に奉職してから八年になるが、この度、次のような心境を話してくれた。
  「陛下にお仕えさせていただき、年を重ねる毎に感謝される日々です。尊敬する思いも益々深まって参りました。今では、神さまにお仕えするつもりでご奉仕させてもらっています。それは、陛下のご日常が常に″国民のこと″″国民と共に″という願いでお過ごしになっていることが、年毎に理解できるようになったからだと思います」。
  瞳を輝かせて真剣に話してくれた田原さんの一言一言が琴線に触れ、感激した。そして、自然に養父・創立者田澤康三郎先生に「よかったですね。卒業生がこんなにも成長して国の防人として陛下にお仕えしていますよ」と、心の中で語りかけている自分がそこにいた。
  「天下万民が先」という歴代天皇の王道が今なお天皇家に生き続けていることを現代版で拝聴できた感動の皇居勤労奉仕であった。
                         (平成24年3月1日号)