日本初の「国歌起立法条例」出立を言祝ぐ
                                     
   大阪府の橋下徹知事が代表を務める「大阪維新の会」(略称、「維新」)府議団が提出した「国歌起立条例」案が、六月三日の府議会本会議で採決され、単独過半数を占める「維新」などの賛成で可決成立した。
  この条例は、府施設での国旗常時掲揚と、府内の公立学校の教職員に国歌斉唱時の起立を義務付けるもので、全国で初のケースだとのこと。
  この度成立した「国歌起立条例」の骨子は、次の通りである。
1.次代を担う子どもが、伝統と文化を尊重し、わが国と郷土    を愛する意識の高揚に資すること、国際社会の平和と発    展に寄与する態度を養い、学校における服務規律の厳       格化を図ることを目的とする。
2.対象は府立と府内の市町村立の小、中、高校、特別支        援学校に勤務する校長、教 員など。
3.国旗は執務時間に府の施設の利用者が見やすい場所        で掲げること。.
4.学校行事の国歌斉唱にあたり、教職員は起立して斉唱        すること。
5.斉唱するのに支障があると校長が認めた者は対象外。
    
以上である。但し、この度の条例案には罰則規定がないため、起立を求める職務命令に再々に亘って従わない場合、その職員を懲戒免職にすることができる条例を、九月の府議会で検討し、処分基準等を定める方針だと、橋下知事は述べている。
   橋下知事は、「国歌起立条例」を成立させるに当たり、
「九年前から教育委員会が国歌斉唱時に起立することを定めたのにも拘わらず、未だに従わない教員がいるというのはゆゆしき事態だ」とし、「教育委員会だけに(教員)指導を任るのではなく、政治が一定の規範を示す必要がある」と説明し、「君が代で起立しない教職員は絶対にやめさせる」と強い口調で述べている。公僕たる者が正式な学校行事での国歌斉唱時に、起立もしない、斉唱もしないという事がまかり通っているのは、世界で只一国、日本だけだ。恥ずかしい限りだ。
  戦後日本の学校教育は、GHQの占領政策によって敷かれ、日本人から愛国心が喪失させられてきた。教育勅語の廃止は、日本人共通の道徳心を崩してきた。国旗・国歌への忌避は、「日本の常識は世界の非常識」という現象を生みながらも、それに気づかないで、泰然自若としている変態ぶりがまかり通っている日本となっている。
  また、GHQが産ませた日本教職員組合の台頭は、学校行事で国歌「君が代」を斉唱するのを拒否し続ける教員を輩出してきた。その結果、平成十一年には、卒業式前日の二月二十八日に広島県立世羅高校の石川敏浩校長が、広島県の教職員組合と部落解放同盟を相手に国歌斉唱を巡って対立し、自殺するという事件が起こった。石川校長は、度重なる「大衆団交」に疲れ果て、「何が正しいのかわからない、管理能力はないことかもしれないが、自分の選ぶ道がどこにもない」との遺書を残していた。
  広島県では、同四年二月二十八日、当時の菅川健二広島県教育長が、広島県の部落解放同盟と高等学校教職員組合に、「君が代については歌詞が……身分差別につながるおそれもあり」、「日の丸は、天皇制の補強や侵略、植民地支配に援用されたこと」等の内容を明示した「日の丸・君が代」と題した確認書が出している。これが「菅川文書」で、教職員組合と部落解放同盟の「国旗・国歌問題に対する指導書」となり、文科省の学習指導要領より権威・権限ある文書として教育現場を闊歩してきたという。信じ難い話だが、事実だ。
  そして、昭和四十年代から六十年代までに、この広島県の反国家教育に立ち向かった校長、教頭、教育委員会職員ど併せて十三名が自殺に追い込まれている。しかし、この自殺事件は封印されたままで、学習指導要領違反は自殺事件後も堂々と教育現場で横行してきたのだ。
  何故こういうことが許されてきたかというと、日教組と部落解放同盟等が、県知事、県議会議長、県教育長と合意(「八者懇合意」といわれる)をとりつけて、広島県を反国家教育の牙城として構築してきたからだ。 しかし、石川校長の自殺事件以来、一気にこれまで沈黙を守ってきたことが、一気に堰が崩れるかのように平成十一年八月九日に「国旗国歌法案」が成立したのである。これによって、明治以降、慣習的に国旗・国歌とされてきた「日の丸」と「君が代」は、法的根拠を得て堂々と国旗。国歌として闊歩できるようになったのです。
  当時の文部省は、同十一年八月十日に学校現場で政府見解を子ども達に教えるようにと、広報誌や研修会を通じて都道府県・市町村教育委員会に養成する方針を決めた。そして、この年の八月十五日、政府主催の全国戦没者追悼式で初めて国歌奉唱が行われるようになった。
   石原慎太郎東京都知事は、同十一年九月二十一日に、国旗・国歌は「日本国民のアイデンティテイーの証やきずなとして重要」だと述べ、都の主催行事での国旗掲揚、国歌奉唱に務めると表明した。   (平成23年7月15日号)
   また、東京都教育委員会は、同十五年に起立・斉唱を義務づける通達を発出したが、これに違背する教職員が相次いで懲戒処分にされるという事態となった。これに対して教職員等は訴訟を起こし、「卒業式で教職員に国歌斉唱や国旗に向かっての起立を指示した校長の職務命令は、思想・良心の自由を定めた憲法第十九条に反する」と主張し、争ってきた。その上告審判決が、今年の五月三十日と六月六日に、最高裁第二小法廷と第一小法廷で、合憲と下されたのである。長い苦渋の戦いであったが、ここにひとつの区切りがついたと言えよう。
   この度の大阪府の「国歌起立条例」は、国旗掲揚・国歌奉唱を巡る訴訟判決が合憲とされた後の成立となった。これで、ようやく日本は、本来の国家としての態を整え、歩みを始めていくことができるようになった。そう信じて、「維新」の志が日本全土に席捲してくれることを期待したい。もちろん、松風塾は、開塾・開校以来、国旗を掲揚し、国歌を高々と唱い、教育勅語を奉読して道徳の心得として学んできていることは言うまでもない。  (平成23年7月15日号)