「建国記念の日」を祝って  
 
   「建国記念の日」は、昭和四十一年六月の祝日法改正によって加えられた国民の祝日だ。しかも、祝日法改正では、日付が定められず、「政令で定める日」とあったので、佐藤内閣が同年十二月に「建国記念日審議会」の答申を受けて、「建国記念の日は、二月十一日」と政令で定め、翌年の二月十一日から適用された。
  「建国記念の日」の趣旨には、「建国をしのび、国を愛する心を養う」と規定された。故に、この日は、日本建国の精神に思いを寄せ、そこから愛国の心情を奮い立たせていくことに意義があろう。そのためにも、政府主催で「建国記念の日」の奉祝行事を行い、建国の精神に思いを馳せ、祝うのが当然だと思う。
  しかし、昭和四十二年二月十一日の「建国記念の日」以来、政府主催の奉祝式典は一度も行われなていないのだ。ただし、民間の財団法人が平成十六年まで行ってきた奉祝式典には、政府がそれを後援し、首相も参加してきた経緯がある。しかし、その民間団体も平成十七年から奉祝行事を中止したので、政府は参加する機会を失ってしまった。
    こうした実情に、民主党の西岡武夫参院議長が、一月二十六日に菅直人首相宛へ、政府主催の祝賀式典を行うべきだとの書簡を提出した。これは、二月一日の記者会見で西岡参院議長が発表したことで明らかになった。その書簡には、「いやしくも国家の基本精神に関する国の祝日である以上、政府が率先してこの日を祝うことは、極めて当然のことである思われる」と記されていた。
   至極当然なことだと思う。
   しかし、残念なことに、管首相側は、この書簡に対してなんの応答もないというのだ。
   二月十一日は、戦前、初代天皇である神武天皇即位の日の祝祭日「紀元節」で、政府主催で奉祝行事が営まれ、国民挙ってお祝いしてきた。
   ところが、戦後、連合国軍総司令部・GHQが、紀元節を祝祭日とすることを廃止した。アメリカを主体とするGHQの占領政策の柱は、日本の弱体化政策にあったからだ。
 学校教育からは、神話を中心とする神道教育は禁じられ、国民道徳として日本人が遵守してきた教育勅語も廃止された。愛国主義的用語はすべて教科書から省かれ、黒塗りにされた教科書が使用された。こうした一連の占領政策で、紀元節も廃止されたのだ。これに加えて、国旗・国歌も、日教組によって学校教育の場から忌み嫌われてきたから、日本人の愛国心は、消されかけようとしている。
 それを昭和四十一年に「建国記念の日」として復活させたのだから、この意味は実に大きい。 しかし、今だ、「仏作って魂入れず」同様に、政府主催の「建国記念の日」の奉祝式典は一度も行われず、国民に「建国をしのび、国を愛する心を養う」ということが啓蒙されることなく今日まできている。なんとしたことか。「渇だ!」と檄を飛ばし、「目覚めよ、日本人」と大喝したい心境だ。
  松風塾高校では、「建国記念の日奉祝式典」を開校以来催し、高崎正風作詞、伊藤修二作曲「建国記念日の歌」を教職員・生徒一同で奉唱し、日本国の弥栄を願って皇居を遙拝している。しっかりと守っていきたい伝統の記念行事だ。
   日本建国の精神の大事は、神武天皇が大和地方(奈良)の橿原で即位し、国を肇いた目的を「六合を兼ねて都を開き 八紘を掩ひて宇と為さん」と宣明たことにある。この意訳は、「日本を建国する意味は、宇宙の星々が相互に助け合い調和している姿を地球にうつし、地球を一つの家・家族にすることである」とされている。建国の肇より、宇宙を含めた世界観で、調和の世界を具現化していこうとする思想・哲学は、古事記、日本書紀を拠り所とする日本神話から生まれたものと拝察される。この精神と連動するように、日本の国旗は太陽を象徴した日の丸で、生きとし生けるものすべての命を育むという博愛の精神を象徴していることも忘れてはなるまい。
  「建国記念の日」は、生徒共に、しかと「建国をしのび、国を愛する心を養う」日とさせていただいた。    (平成23年3月1日号)