その2 日本国憲法の問題点
 
    平成十七年一月二十三日の日曜日の午前中にフジテレビ系統の時事番組で、憲法問題を討論の一つに取り上げ、元内閣総理大臣の中曽根康弘氏、東京都知事の石原慎太郎氏がゲストとして出演していました。評論家の竹村健一氏が番組のレギュラーとして出演している番組です。日本国憲法は、GHQによって押しつけられた憲法であり、日本弱体化をねらいとして草案された憲法であることを、両者共に喝破していました。
    最後に、コメンターとして、竹村健一氏が、先に紹介した『中央公論』平成十七年二月号に掲載された八木秀次・高崎経済大学助教授のレポートの内容について紹介し、日本国憲法がどういうねらいのもとでGHQが草案を作成したか、また、どういう意図で占領政策を進めてきたかということについて述べていました。ようやく、テレビでも、憲法問題を正面から議論するようになったかと、安堵しました。
    戦後六十年の世界情勢は、まず米ソ超大国の対立からはじまり、それが一九九〇年をもって終止符を打ちました。しかし、この間、「東西問題・冷戦時代」は、世界を二分化し、核戦争勃発の恐怖で世界を包みました。そういう状況下で日本は、日米安保条約によってアメリカの核の傘の下に入り、日本の安全と平和を維持してきました。これが、世界の現実です。
    どこに、絵に描いた餅のように、諸国民の公正と信義に信頼して自国の安全を守っていこうとする無責任な国家があるでしょうか。
    国民の生命と財産を守り、国家主権を守ってこそ国家として威厳を保つことが出来ると思います。それが国家の最低限の義務でありましょう。
   それを、空想論を展開し、国民の生命の安全を確保する施策と努力を怠っては、独立国家として存続が危ぶまれてしまいます。
   今の日本は、北朝鮮の拉致問題一つにしても、自国の力で何ら解決の目途をつけ得ないでいるのが現状です。
    これらのことを考えてみると、日本国憲法によって「二度と再び戦うことが出来ないような仕組みにされた」お陰で、日本人の意識が世界の常識に通用しない思考にならされてしまったようにも思えます。
   占領軍による日本弱体化政策は、そういう意味で見事に成功したということでありましょうか。
八木教授は、日本国憲法が歴史の連続性を否定し、過去を否定した内容になっていることを、更に、次のようにも指摘していました。
   例えば、韓国の憲法の前文には「悠久なる歴史と伝統に輝く我が大韓民国は」と記され、カンボジアの憲法の前文には「常に裕福で偉大な傑出した文明を持ち」と記され、フィリピンの憲法の前文には「伝統的遺産を継承発展させる」と記され、ベトナムの憲法の前文には「数千年の歴史を通して、ベトナム人民は祖国を建設、防衛するために、努力と創造力をもって勇敢に戦い・・・」と記され、中華人民共和国の憲法前文には「中国は、世界でも最も古い歴史を持つ国の一つである」と記されていることを紹介しています。そして、革命国家であったとしても、国家の連続性を重視し、長い歴史と伝統の上に現在の祖国があるということを国民に示している、と記しています。
それに対して日本国憲法の前文には、前述した通り、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し」と記されています。その意味は、前述のアジア各国のそれとは違って、自国の過去の否定を強調しているというのです。しかも、このような憲法は、世界に前例のないと言います。
     現在の日本国憲法は、戦後六十年という還暦を迎えたことを期して、日本とは何かという原点を、悠久な歴史の伝統の上に立って見直し、直視し、あるべき日本の姿を蘇生させていくべき時であると思います。少なくとも、「ニッポン人には、日本が足りない」と言われないように努めていきたいものだと思います。